今の東京の地図と、江戸時代以前の地図では明らかに大きく異なる点が1つある。それは、海岸線の位置だ。江戸時代以降、東京湾では埋め立てが何度も行われ、その都度海岸線が後退していった。江戸そして東京の発展の歴史は、東京湾の埋め立ての歴史でもあるのだ。
 
 中国メディア・今日頭条は14日「埋め立てが日本にもたらしたものは何か」とする記事を掲載した。論じているのは、主に戦後の海岸埋め立てに関する話だ。記事は「1960-70年代の高度成長期に日本では各種の工場が大量に出現し、国土面積の小さい日本はピンチに陥った。そこで日本では大規模な海の埋め立てが始まり、新たに生まれた陸地が日本の工業の飛躍的発展に向けて優れた土地をもたらしたのだ」と紹介した。
 
 そして、日本が戦後新たに埋め立てた土地は1500平方キロメートル以上にのぼり、東京湾、伊勢湾、瀬戸内海に20余りの新たな工業中心地を生み出すとともに、鉄鋼企業や造船工場、石油コンビナート、自動車工業などが建設されたと伝えている。特に太平洋ベルト工業地帯上に出現した埋立地に各種工場を設置したことで輸送コストが大幅に削減され、造船、機械、建築などの工業において飛躍的な発展を生み出したと説明した。
 
 記事は一方で「大規模な埋め立てによる工業経済の発展は、大きな後遺症ももたらした」と指摘。1945年以降日本の砂浜が約3万9000ヘクタール減少したほか、生物の死滅や赤潮の発生など海洋汚染を生み出したと伝えた。現在、莫大な資金や人手を使って様々な方法による環境改善が行われているが、以前の状況に戻すのは非常に困難であるとしている。
 
 人為的な地形の改造は自然に逆らう行為であり、その後想定外の問題が発生する可能性が高くなる。それは埋め立てに限らず、山を切り開いて宅地を造成することも然りだ。しかしその一方で、海や山の形を変えてきたからこそ今の日本の発展、繁栄があるのも事実。今後も必要に応じて海の埋め立てが行われるだろうが、自然のものに手を入れる畏れ多さ、自然への感謝は忘れてはいけない。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)