(9)“農”“穀”“麵”“麥”――どれも書きにくい
 
 1956年1月に国務院から公布された《汉字简化方案》に対する反響をもう一つ、周恩来《当前文字改革的任务》から紹介しておきましょう。
 李鳳蓮さんという人に弟さんがいて、この人は田舎で百姓をしていましたが、お姉さんに手紙を寄こして、農民はみな漢字は覚えにくいと感じていると訴えました。
 
  农民常用的一些字、象“農民”的“農”、“ 穀子”的“穀”、“麵粉”的“麵”、“麥子”的“麥”、还有“雜糧”这两个字、这一类都不好写。(農民がいつも使う字、例えば“農民”の“農”、“ 穀子”(アワ)の“穀”、“麵粉”(小麦粉)の“麵”、“麥子”(ムギ)の“麥”、それに“雜糧”(雑穀)のような字は、どれも書きにくい。)
 
(10)“这些新字好学得多”――農民の声
 
 そこで李鳳蓮さんが簡体字の本を送ってやったところ、弟さんは大喜びして、「これらの新しい字はとても覚えやすい」と返事を寄こし、姉さんどうしてもっと早く送ってくれなかったのかと、怨み言を述べたとのことである。
 
 河南省の小学校の先生、天津の労働者、それに李鳳蓮さんの弟さんらからの反響を伝えたあと、報告書はこう言う。
  简体字是要比繁体字好学好写、因此包括工人、农民、小学生和教师在内的广大群众热烈欢迎简字、这是很自然的事。
 
(簡体字は繁体字に比べて、覚えやすく書きやすい。だから労働者、農民、小学生、それに教師を加えた広い層の大衆が簡体字を熱烈に歓迎するのは、当然の事である。)
 
(11)“繁体简体都无所谓”――だがインテリは
 
 では、すでに漢字を習得している知識分子、すなわちインテリの側の反応はどうか。
 
  至于象我们这样的知识分子、跟汉字已经打了几十年的交道、当初写了别字给老师责备甚至打手心的事在记忆中已经渐渐淡薄、因此觉得繁体简体都无所谓、对于简字不热心、甚至还觉得不顺眼、思想上有抵触。
 
 (われわれのようなインテリは、もう何十年も漢字と付き合ってきているので、その昔、別字〔当て字〕を書いて先生に叱られ、はては手のひらをぶたれたことも、記憶の中では今は薄れている。それゆえに、繁体であろうと簡体であろうとどうでもよく、簡体字に対して熱心ではない。それどころか略字は目障りであると感じ、強い抵抗感を抱いてさえいる。)
 
 インテリが抱きがちな漢字簡略化に対する抵抗感をまことによく指摘しているではないか。
 
(12)苛酷な体罰“打手心”
 
 上の引用の中に出てくる“打手心”についてわたくしは、せいぜい竹製の30センチ用の物差し(今はプラスチック製に取って代わられたが、わたくしが学童であった頃はまだ竹製が主流であった)で差し出した手のひらをぶたれるくらいに理解して、そのように教室でも解説してきた。罰ゲームで負けた人の手首を人差し指と中指を並べて強く打つ「しっぺ」をたとえに引いたこともある。
 
 なんという誤解!旧中国における“打手心”は、そんななまやさしいものではなかったのである。そのことを先頃『沫若自伝』を読んでいて如実に教えられた。或いはこれまでにも小説や映画でそんな場面に出会っていたのかもしれないが、記憶に残るほどの生々しさがなかったように思う。
(執筆者:上野惠司)(イメージ写真提供:123RF)