(5)簡体字の総数は2200余字にとどまらない

 先に1964年版《简化字总表》に収められている簡体字の総数は2238字(のち、1986年新版で2235字に)であると記しましたが、実際に存在する簡体字の数はこの限りではありません。

 実は、上の《简化字总表》にはすべての漢字に適用される“简化偏旁”というのがあって、讠(言)、饣(飠)、钅(釒)、只(戠)など14個の偏(ヘン)や旁(つくり)を含む漢字はすべて簡略化されることになります。ところが、言偏なり金偏なりの漢字の総数がいくつあるかは数えようがありません。従って、簡体字の総数はいくつであると言い切ることはできません。

 では、上の2200余字というのは何に基づいた数かと言いますと、当時使われていた1962年第3版《新华字典》に収める約8000字に簡化ルールを適用したものにすぎないのです。

(6)中国の言語政策を知るための最良の文献

 上の《简化字总表》が発表される6年前の1958年1月に《当前文字改革的任务》という報告が政治協商会議全国委員会において行われています。報告者は時の国務院総理周恩来氏。

 報告の内容は、(一)漢字の簡略化、(二)普通話(プートンホア)の普及、(三)漢語拼音方案の制定と推進の三部からなっています。今、わたくしの手元にあるのは1977年12月に印刷された小冊子ですが、わずか17頁のなかに、建国以来の文字改革の仕事の総括と差し当たって取り組まなければならない仕事とが手際よくまとめられています。

 わたくしはこの周恩来報告が新中国の言語事情を把握するうえで最も基本的な文献であると考えて、教職にあった頃、何度か講読や演習で取り上げたことがあります。

(7)“豐”の字が“丰”に――子供たちが拍手喝采

 この報告の特徴は、お役所の文章によく見られる抽象的で、堅苦しい無味乾燥な文章ではなく、具体的で、肩の凝らない生き生きとしたものであることです。

 例えば1956年1月に国務院から《汉字简化方案》が公布された後の反響をこう紹介しています。

  河南一位老师向小学生介绍简字,说“豐收”的“豐”字今后可以简写成三横一坚的“丰”字,孩子们高兴得鼓掌欢呼。(河南省のある先生が、小学生に簡体字を紹介して、“豐收”の“豐”の字はこれからはヨコ棒3本とタテ棒1本の“丰”と書けばよいと話したところ、子供たちは拍手喝采して喜んだ。)

(8)“盡、邊、辦”が“尽、边、办”に――労働者が大喜び

 また、こうもある。

  天津一个工人说,“盡、邊、辦”这三字学了半年了,总记不住,这会简化成“尽、边、办”,一下就记住了。(天津のある労働者はこう言っている。「“盡、邊、辦”の3つの文字は半年習っても覚えられなかったが、今回“尽、边、办”に簡略化されて、すぐに覚えることができた。」)

 1956年1月の《汉字简化方案》は3つの表から構成されていて、第1表には方案公布の時点からただちに使用される230字、第2表には1956年6月から試験的に使用される95字を含む285字、第3表は54個の偏旁簡化案で、これを応用して方案公布の時点から試験的に使われる30字が収められている。
(執筆者:上野惠司)(イメージ写真提供:123RF)