(1)正字は上流階級が独占

 「勝手に略字を作るから困る」。――中国の簡体字についてしばしば発せられる声です。元の漢字なら読めるのに簡体字ではよく判らないという経験は、中国語を習い始めた頃、どなたも持たれたことでしょう。しかし、簡体字の多くは、きのうきょうに誰かがどこかで作ったというようなものではなく、長い漢字の歴史のなかで、それこそ自然発生的に生まれてきたものなのです。

 正字と定められた筆画の多い煩瑣(はんさ)な文字を覚えるには時間と経済の余裕が必要です。かつての中国では、そういう余裕に恵まれ、難しい漢字を覚えて古典の教養を身に付けた人のみが、「科挙(かきょ)」という高級官吏登用試験の難関を突破して政府の要職に就くことができました。そして、その子弟もまた父と同じ道を歩むというのが、上級階級の姿でした。――彼らにとって、漢字は神聖なものであり、一点一画たりともおろそかにしてはならないものでした。

(2)庶民の知恵が生んだ簡体字

 ところが、富や権力と無縁の一般庶民は、文字の習得に時間をかける余裕はありません。必要に迫られて見よう見まねで書くにしても、一点一画がおろそかになるくらいはまだよいほうで、へん(偏)やかんむり(冠)を付け忘れたり、とんでもない当て字を書いたりするのは、それこそ日常茶飯の事であったと思われます。――庶民の知恵とでもいうのでしょうか、そんなお上(かみ)の認知してくれない民間の俗字のなかにも、合理的で皆が便利であると認めるものも数多くありました。

 新中国になって、これまで文字と無縁であった人びとも、政治に参加し社会の建設を担っていくことになりました。当然、彼らも文字を習得する必要に迫られます。彼らに必要なのは、これまで多少とも親しんできた、覚えるのに手間のかからない、民間で通用してきた簡体字であったわけです。

(3)一つの正字にいくつもの簡体字

 民間で自然発生的に生まれた俗字は、当然のことながら、一つの正字に対して一つの俗字が対応しているというものではなく、時にはいくつもの簡体字が存在します。例えば、今日“厅”と書かれている簡体字(日本では「庁」)のもとの字は「廰」ですが、俗字のほうは、「斤」「厅」「庁」のほか、「厂」になかに「听」を書いたものなど、何種類も存在しました。同音の当て字にしても、「付」(副)、「旦」(蛋)、「果」(裹)、「午」(舞)、「太」(泰)といったぐあいに、じつに大胆なものがあります。いくら簡体字は書きやすく、覚えやすいといっても、こういうものを野放しにしておいたのでは、かえって混乱を招くことになりかねません。

(4)整理役に徹した中国文字改革委員会

 1950年代に国務院(内閣)の直属機関として設けられた中国文字改革委員会は、これら民間の俗字や当て字を整理し、合理的で普遍性のあるものを採用する仕事に取り組みました。このようにして、1964年に《简化字总表》という簡体字の一覧が一応完成したのです。“简化字”というのは、簡体字のなかから正式な字体として採用されたもののことです。したがって、正式に使われている簡体字は、正しくは「簡化字」と呼んだほうがよいのですが、わが国では一般に「簡体字」と称していますので、これに従っておきます。この《简化字总表》には2238字が収録されていましたが、のちにわずかな修正があり、1986年新版では、2235字になっています。(執筆者:上野惠司)(イメージ写真提供:123RF)