日本経営管理教育協会が見る中国 第464回--三好康司

 先4月20日に長崎へ宿泊出張した。夕食に何を食べたらいいかホテルの受付で確認すると「ホテルの裏がすぐ中華街になっているから、そちらで食べたらいかがですか。美味しいですよ」とのお勧めがあり、長崎中華街に立ち寄った。美味しい料理を食するとともに、わが国の3大中華街と言われる横浜、神戸、長崎の中華街について興味が湧き、少し調べてみた。

1.長崎中華街

 正式には、「長崎新地中華街」と言うそうで、東西、南北合わせて約250メートルの十字路に、中華料理店・中国菓子店・中国雑貨店などの約40店舗が軒を並べている。江戸時代の鎖国中も出島で明朝やオランダと交易が続いていたため、オランダ人同様、中国人にも居留地が設けられたのが起源であり、3大中華街の中では歴史が一番古い。最盛期には、7万人の人口であった長崎市内に、中国人が約1万人も住んでいたそうである。

2.神戸中華街

 「南京町」の名称で知られる神戸の観光スポットである。私は、神戸で大学生活を過ごしたため、よく南京町に遊びに行っていた。東西約270メートル、南北110メートルの範囲に100を超える店舗が連なっている。明治元年(1867年)に神戸港が開港されたのを機に、急速に中華街として発展した。昭和初期には、「南京町に行けば何でもある」と評判になり、関西の台所を支えていた。

3.横浜中華街

 規模がやはり最大であるのは、横浜中華街である。面積は約500メートル四方、長崎や神戸と比べても圧倒的な広さである。当然、店舗数も多く、中華料理・雑貨・お土産屋などを含め、600以上の店が立ち並んでいる。安政5年(1858年)に日米修好通商条約が締結され、翌安政6年に横浜港が開港され中華街が形成された。1868年には横浜で暮らす中国人はすでに1,000人に達していたと言われている。

 私が、神戸での大学時代に思ったことであるが、中華街は日本人と中国人が親密に暮らす町であるように感じる。両親が南京町で店舗を経営するクラスメイトによく町を案内してもらい、中華街での生活も教えてもらったことを覚えている。

 日中文化が融合する町である「中華街」、美食だけに思いをはせるのでなく、今後の日中関係にも思いをはせ、また散策してみたいと思う。(執筆者:日本経営管理教育協会・三好康司氏)(写真は、長崎中華街の「牛肉飯」。日本経営管理教育協会が提供)