(81)“几乎‘魂飞魄散’了”

 阿Qが何も言うことはないと答えると、長衣の男の一人が紙と筆を阿Qのところへ持ってきて、筆を彼の手に押しつけた。

  阿Q这时很吃惊,几乎‘魂飞魄散’了:因为他的手和笔相关,这回是初次。(阿Qのこの時の驚きようは、ほとんど「魂も消えん」ばかりであった。なにしろ彼の手が筆と関係を持つのは、この時が初めてであったからだ。)

 阿Qが筆をどう握ったものやらわからないでいると、男は紙の一か所を指し示して、そこに署名させようとした。

(82)“我……我……不认得字”

 「わ……わしは……字を知らねえです。」

 阿Qは筆をわしづかみにして,恐る恐る恥ずかしそうに言った。

  “那么,便宜你,画一个圆圈!”(じゃあ、何でもいい、マルを一つ描け!)

 阿Qはマルを描こうとしたが、手が筆を握ったままブルブルふるえてとまらない。すると男は紙を地面に広げてくれた。

  阿Q伏下去,使尽了平生的力画圆圈。(阿Qはかがみこんで、ありったけの力をふりしぼって、マルを描いた。)

(83)“这可恶的笔”

  他生怕被人笑话,立志要画的圆,但这可恶的笔不但很沉重,并且不听话,刚刚一抖一抖的几乎要合缝,却又向外一耸,画成瓜子模样了。(人に笑われまいとして、まんまるく描こうと決心したのだが、この憎むべき筆は、重たいばかりか、彼の言うことを聞いてくれず、ブルブルふるえながらなんとか輪がつながりそうになった時、また外側に飛び出して、西瓜の種のような形になってしまった。)

 阿Qは自分がまんまるく描けなかったことを恥ずかしく思ったが、男はそんなことには頓着する様子もなく、さっさと紙と筆を取り上げてしまった。すると、また何人もの男たちが彼をひったてて行って、格子戸の部屋へ押し込んだ。

(84)“‘行状’上的一个污点”

  他第二次进了栅栏,倒也不十分懊恼。(彼はもう一度格子戸の中に押し込まれたが、別に苦にする様子はなかった。)

 ここに「もう一度」とした“第二次”がちょっと気になる。最初に部屋に押し込まれて、次に前回の訊問の後に押し込まれているから、今回は三度目のはずだが……。手元に角川文庫版増田渉訳は「二度目に」、岩波文庫版竹内好訳は「三度目に」改めている。後者の方がわかりやすい。

  他以为人生天地之间,大约本来有时要抓进抓出,有时要在纸上画圆圈的,惟有圈而不圆,却是他“行状”上的一个污点。(彼は人としてこの世に生まれたからには、まあたまにはぶち込まれたり引っぱり出されたりするだろうし、またたまには紙の上にマルを描かされることもあるだろう。ただ、マルがまるくならなかったのは、どうも自分の「行状」の汚点だ、と考えた。)(執筆者:上野惠司)(イメージ写真提供:123RF)