「道」という言葉には、人や車などが往来するために整備された所という意味のほかに、芸術・技芸などのそれぞれの分野、また、その精神真髄という意味がある。そのため剣道・柔道・空手道など「道」という言葉がつく武術では、実際の技術や身体の鍛錬よりも、精神面における修養をさらに重要なことと見る。

 日本には武術以外にも道という言葉が付く芸術・技芸が存在するが、中国メディアの今日頭条が18日付で掲載した記事は、お茶そのものの起源は中国にあるにもかかわらず、「茶道」となると、なぜ世界の人びとは日本を思い浮かべるのかと疑問を投げかけている。

 記事は「お茶を飲むこと自体はすでに重要なことではない」と指摘し、重要なのはお茶を飲む形式であると指摘。茶道においては、お茶の色、香り、味、水質、火加減、また、茶道具のほかに、お茶をたてる動作、姿勢、表情などすべてに厳格な規定があると説明した。さらに茶室では腕時計をすることは禁じられているうえに時計も存在せず、また、金銭、性、ビジネスを話題にすることは許されておらず、その話題は自然や芸術に限られていると紹介した。

 さらに客人には茶室に入る前に「茶庭」で心を浄めることが求められていると紹介、茶庭に存在する石の1つ1つ、木の1本1本は「和敬清寂(わけいせいじゃく)」の精神を客人に感じさせるものであり、これによって茶会の雰囲気を清浄に保つのだと指摘。お茶そのものの起源は中国にあるにもかかわらず、「茶道」となると、世界の人びとが日本を連想するのは、「茶を飲む」という行為を体系的に発展させ、「道」の1つに昇華させたのが日本だからだと論じた。

 和敬清寂の「和」は平和な関係、「敬」は互いに敬いあうこと、「清」は見た目も心も清い状態、「寂」は動じない精神を表すと説明しており、この4つの文字には茶道の心が表現されているとされる。茶道が世界的に有名であるのは、茶道が体現するこうした精神が国境や民族の違いを超えて人びとの心を打つからなのかも知れない。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)