新年を迎えたら神社に初詣に行き、葬式は仏式で挙げ、12月24日はクリスマスパーティーを楽しむなど、神道や仏教、さらにはキリスト教など複数の宗教が日常生活に存在する日本人の宗教観は世界的に見ても特別であり、ある意味で「寛容」だと言える。

 こうした背景が存在するなか、中国メディアの今日頭条が14日付で掲載した記事は、日本の仏教の僧侶は「中国の僧侶と全然違っている」と指摘している。

 記事は、多くの中国人にとって仏教の僧侶とは、肉食を断って念仏する人であり、六根清浄(ろっこんしょうじょう)した出家人であると説明。また、古寺を伴にして一生涯修行に没頭する人でもあると紹介しつつ、「もし中国人が日本の僧侶について知れば、僧侶に対する価値観は根底から覆る」と論じた。

 中国における本物の僧侶とは「世界のすべてのものは空虚である」とみなし、俗世の喧騒から遠く離れ、心の中の浄土をただ追い求めて仏について学ぶ人であると指摘する一方、日本の僧侶は「妻を娶り、子をもうける」ことができると紹介。また、肉を食べ、世俗の仕事に就く僧侶もいると伝え、日本と中国の僧侶の違いは非常に大きく、「日本の僧侶の姿を知ると、僧侶に対する価値観は根底から覆る」と論じた。

 日本の僧侶が中国の僧侶と違っているのは、日本と中国の仏教が違うためであると指摘。日本の仏教は中国から伝わった仏教に起源を有するものの、日本の仏教は「日本文化によって日本社会に適合した宗教だ」と説明した。

 六根清浄とは、眼、耳、鼻、舌、身、意の「六根」が修行することなどの功徳によって清らかになることであり、このとき六根は完全に調和した理想状態にいたるとされているという。中国社会という外部を変革することは不可能でも、仏教を通して内面の幸福を追い求めることはできると考える中国人が増えているようだが、妻を娶り、子をもうけることを禁じることが果たして真の幸福につながるかは再考の余地があるのではないだろうか。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)