(65)“洋先生不准他革命”

 銭家の長男ニセ毛唐、すなわち、洋(ヤン)先生が例の葬い棒を振り上げたのを見て、阿Qは手で頭をかばいながら門の外へ逃げ出したが、追っかけてくる様子はなかったので、60歩余り走ってようやく足を緩めた。すると、こんどは胸にやるせない気持ちが込み上げてきた。

  洋先生不准他革命,他再没有别的路;从此决不能望有白盔白甲的人来叫他,他所有的抱负,志向,希望,前程,全被一笔勾销了。(洋先生が革命を許してくれないからには、彼には他にもう道はない。これからは白い兜(かぶと)に白い鎧(よろい)の人が呼びに来てくれる望みは絶対になくなった。彼のあらゆる抱負も、志向も、希望も、前途も、すべて御破算になった。)

 小Dやひげの王たちの笑いのタネにされるだろうが、そんな事はどうでもいい。

(66)“从来没有经验过这样的无聊”

    他似乎从来没有经验过这样的无聊。他对于自己的盘辫子,仿佛也觉得无意味,要侮蔑;为报仇起见,很想立刻放下辫子来,但也没有竟放。(彼はこれまでこのようなやるせない気持ちを経験したことがないような気がした。彼は自分が辮髪を巻き上げたことに対しても、なんだか無意味な、軽蔑すべきことのように思った。復讐のため、すぐにも辮髪を垂らしてしまおうかと思ったが、結局は垂らさなかった。)

 彼は夜になるまでほっつき歩いて、ツケで二杯の酒をひっかけると、次第に元気が戻ってきて、またも頭の中に白い兜と白い鎧のまぼろしが浮かんでくるのだった。
 
(67)“忽而听得一种异样的声音”

 ある日、彼はいつものとおり夜遅くまでほっつき歩いて、酒屋が看板を下ろしてから、やっと土地廟に戻ってきた。

  “拍,吧~~!”、パン、バターン~~!

 突然、異様な物音が聞こえてきた。爆竹でもない。もともと物見高くて野次馬根性が旺盛な阿Qは、暗闇の中を飛び出していった。

 前の方でなにやら足音がするように思った。じっと耳を澄ましていると、いきなり誰かが向こうの方から逃げてきた。それを見ると、阿Qは自分も素早く身を翻して、そのあとを追った。その男が角を曲がると、阿Qも角を曲がった。

(68)“究竟是做过‘这路生意’的人”

 男が立ち止まると、阿Qも立ち止まった。男の方を見ると、それは小Dだった。

  “什么?”(どうしたんだ?)阿Qは面白くなかった。

  “赵……赵家遭抢了!”(趙……趙家が襲われた!) 小Dが息を切らして言った。

 阿Qは心臓がドキドキした。小Dはそう言うと逃げていってしまった。しかしながら、阿Qは逃げながら二、三度立ち止まった。

  “但他究竟是做过‘这路生意’的人,格外胆大。”(だが彼はやはり「この路の商売」をやった人間であって、肝っ玉がとびきり太い。)道の曲がり角から忍び足で出てきて、そっと様子を窺うと、なんだかがやがや騒がしい。(執筆者:上野惠司)(イメージ写真提供:123RF)