(57)“不应该只是这样的”

  “他用一支竹筷将辫子盘在头顶上,迟疑多时,这才放胆的走去。”阿Qは一本の竹の箸を使って辮髪を頭の上に巻き上げ、かなりためらった末、思い切って外へ出てみた。
通りを歩いていると、人は自分の方を見るが、何も話しかけてはくれない。阿Qは初めは面白くなかったが、そのうちだんだん腹が立ってきた。

 このところ、阿Qは怒りっぽくなっていた。実を言うと、彼の暮らしは造反前より悪いわけではない。人々は彼に遠慮がちであったし、店屋も現金払いを求めなかった。

 にもかかわらず、阿Qは自分ははなはだ不遇であると思っていた。“既然革了命,不应该只是这样的。”革命をやったからには、こんなふうであってはならない。

(58)“气破肚皮”

 そんな時、小Dに出会ったので、阿Qは腸(はらわた)が煮え返らんばかりであった。小Dは阿Qと同じ日雇い仲間。先に阿Qが呉媽(ウーマー)と騒ぎを起こして仕事を失った際に皆がこの小Dに仕事を頼んだというのでつかみ合いの大げんかをした、あの小Dである。

 その小Dも辮髪を頭の上に巻き上げていた。しかも自分と同じように竹の箸を使って。“气破肚皮”、腸が煮え返るのも無理もない。

  阿Q万料不到他也敢这样做,自己也决不准他这样做!小D是什么东西呢?(阿Qはこの男までがこんなまねをするとは思ってもみなかった。奴(やつ)がこんなまねをするのは断じて許すわけにはいかない。小Dの野郎、何様のつもりだい?)

(59)“吐一口唾沫道‘呸!’”

 だが、阿Qは結局は小Dを見逃すことにして、睨(にら)みつけてペッと唾(つば)を吐くだけにした。

 この数日の間、城内へ行ったのはニセ毛唐だけであった。趙秀才も衣裳箱を預ったのをたよりに、自分で出かけて挙人旦那を訪問するつもりであったが、辮髪を切られるのが怖くて、出かけるのをやめにした。その代わりに格式ばった手紙を書いて相手を持ち上げ、城内へ行くニセ毛唐に託して届けてもらい、併せて自由党へ入党したいのでよろしくと頼んだのだった。

 假洋鬼子回来时,向秀才讨还了四块洋钱,秀才便有一块银桃子挂在襟上了。(ニセ毛唐は戻ってくると、銀貨四枚を秀才に請求し、秀才は銀の桃を襟につけるようになった。)

(60)“未庄人都惊服”

  未庄人都惊服,说这是柿油党的顶子,抵得一个翰林;赵太爷因此也骤然大阔,远过于他儿子初隽秀才的时候,所以目空一切,见了阿Q,也就很有些不放在眼里了。(未荘の人々は驚嘆して、あれは柿油党のしるしで、翰林に当たるんだぞとうわさした。趙太爺はこのため急に威張りだし,その威張りようは息子が初めて秀才になった時以上で,眼中人無しといった有様。阿Qに会っても、目もくれなかった。)

 “柿油党”は“自由党”などというハイカラなことばを知らない村人たちが、自分たちに身近な、音の近いことばを当てたもの。“柿油”は柿渋。“顶子”は官吏の帽章。“翰林”は科挙の成績優秀者に与える称号。(執筆者:上野惠司)(イメージ写真提供:123RF)