(53)“一件可怕的事”

 革命党が入城したものの、何もかも元のままであった未荘に一つだけ恐ろしい事件が起こった。

  只有一件可怕的事是另有几个不好的革命党夹在里面捣乱,第二天便动手剪辫子,听说那邻村的航船七斤便着了道儿,弄得不像人样子了。(ただ一つ恐るべき事件は、別に幾人かのよからぬ革命党が混じっていて騒ぎを起こし、二日目から辮髪切りを始めたことだ。なんでも隣村の船頭の七斤(チーチン)がひっかかって、ぶざまな格好にされてしまったとのことだ。)

 “航船”というのは江蘇・浙江省一帯の水郷地方で町と村との間を運航する木造船。その船頭の七斤が革命騒ぎの最中に城下に出てよからぬ革命党に辮髪を切られた話は、『阿Q正伝』と同じく『吶喊』中に収める『風波』にも出てくる。

(54)“九斤”“七斤”“六斤”

 航船の船頭の「七斤」という風変わりな名前は、生まれた時の目方をそのまま使ったもの。『風波』中には他に「九斤老太」、「七斤嫂」、「六斤」などの名が出てくる。

 “着道儿”(zháodàor)は策略にはまる、わなにひっかかる意。

 “弄得不像人样子了”は、(わなにかかって、つまり辮髪を切り落とされて)人間らしからぬぶざまな格好になってしまったことをいう。“弄得”はある動作によってもたらされた結果に重点を置いていうのに使われる。

(55)“将辫子盘在顶上”

 隣村の船頭の七斤が辮髪を切られたという知らせは確かに恐ろしい話であったが、かと言って、「一大恐怖」というほどのものでもなかった。なぜなら未荘の人々はもともと城内へ出かけることはめったになかったし、たまたま出かけようとする人があったとしても、計画を変更して取りやめればすむことであったから。

 というわけで、阿Qも城内へ行って昔の友達を訪ねるつもりであったが、このうわさを聞いて取りやめにした。

 しかしながら、未荘でも革命がなかったとは言えない。

  几天之后,将辫子盘在顶上的逐渐增加起来了,早经说过,最先自然是茂才公,其次便是赵司晨和赵白眼,后来是阿Q。

(56)“万分的英断”

 数日たつと、辮髪を頭の上に巻き上げる者が次第に増えてきた。革命に同調して辮髪を隠そうとするのであるが、かと言って、思い切って切り落とすほどの勇気はない。風向きが変わった時が怖いのである。

 いちばん早かったのは、かの秀才先生。次いで趙司晨と趙白眼。その次が阿Q。

 これがもし夏であったなら、人々が辮髪を頭の上に巻き上げたり束ねたりするのは、なにも珍しいことではないのだが、今は晩秋である。だから、この“秋行夏令”(夏の政令を秋に実行する)とも言うべき辮髪巻き上げ家たちの季節外れなふるまいはたいへんな英断と言うべきであって、未荘が改革と無縁であったとは言えないのであると、魯迅一流の皮肉の筆は冴える。(執筆者:上野惠司)(イメージ写真提供:123RF)