米沢牛銘柄推進協議会によれば、明治初期に米沢市の興譲館中学で英語教師として教鞭を執ったチャールズ・ヘンリー・ダラス氏が、当時の米沢で食用の習慣がなかった和牛肉を食べ始めたのが米沢牛の始まりだという。ダラス氏は米沢牛のあまりのおいしさに米沢を離れる際に一頭の米沢牛を横浜に連れて帰ったと言い伝えられている。

 和牛の美味しさは世界的に広く知られており、中国でも神戸牛や米沢牛は高級ブランド牛肉として知られているが、中国メディアの今日頭条は23日、この米沢牛の味を絶賛する記事を掲載した。

 記事は、日本では牛肉をステーキのように焼いて食べるだけでなく、寿司として食べることもできると伝え、「美しい脂が均一に分布していて、肉質は柔らかく、味は新鮮で甘く、山形産のお米と一緒に咀嚼するとまさに絶品である」と称賛。

 次にモモ肉のなかで最も柔らかい部位であるランプを湯通ししたメニューを紹介、これは醤油につけて食べる料理だが、「口に入れた後、肉を食べているのでなく豆腐を食べているかのようだ」とその柔らかさを形容し、やはり味も最高であると紹介した。

 ダラス氏の時代、米沢から一頭の牛を横浜に連れていったことが米沢牛の美味しさが全国に広まるきっかけとなったようだが、インターネット時代の現代は非常に多くの人が手軽にこうした記事を読むことができ、米沢牛の美味しさを知ることができる。こうした記事が増えることで、米沢を訪れる中国人旅行客は今後増えるかもしれない。

 だが、裕福になった中国人の消費が伸びたことで水産資源の価格が上昇しているように、和牛の美味しさに気づいた中国人の消費が伸びれば、米沢牛をはじめとする和牛の価格が値上がりするということもあるかもしれない。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)