かつて日本が積極的に中国から文化を吸収していた時代、数多くの文学の名作が日本に渡ってきた。「西遊記」や「三国志」と並んで、その筆頭格に上げられるのが、梁山泊の豪傑108人が活躍する「水滸伝」だ。中国メディア・澎湃新聞は21日、日本における「水滸伝」の普及ぶりについて「スーパー知財コンテンツ」と評する記事を掲載した。

 記事は、江戸時代初期に日本に伝わったとされる「水滸伝」が、現代に至るまでにどのように日本社会に普及し、どれほど派生作品が誕生してきたかについて説明している。まず、日本に伝わった当初は「水滸伝」が読み物としてよりも「難易度の高い中国語の教科書」として利用されていたことを紹介。18世紀末に訳本が完成し、さらに葛飾北斎などの絵師による挿絵本も登場したことで、一気に庶民の間に「水滸伝」が普及していったと伝えた。

 さらに、1800年前後には山東京伝が「仮名手本忠臣蔵」と組み合わせた「忠臣水滸伝」を、19世紀前半には曲亭馬琴が28年間かけて書き上げた日本版水滸伝「南総里見八犬伝」を発表。読本(よみほん)においても「水滸伝」ブームが起きたことを紹介している。

 そして、近現代以降では「三国志」同様に小説家・吉川英治とマンガ家・横山光輝の「ゴールデンコンビ」がそれぞれ「水滸伝」の作品を発表して人気を集め、1970年代にはテレビドラマも制作されたと説明。中国でもファンが多い車田正美のマンガ・アニメ作品「聖闘士星矢」においても、水滸伝の「百八星」をモチーフとした108の「冥闘士」が登場すると伝えている。

 また、電子ゲーム分野においても「水滸伝」をモチーフとした作品が出現したとし、その代表格として1995年に1作目が発表された「幻想水滸伝」を挙げた。このほか、近年では北方謙三が梁山泊の好漢たちを大胆にアレンジした小説「水滸伝」が大ヒットしたことを紹介した。記事はそのうえで、現代と伝統の密接な融合により、今後も日本において「水滸伝」の魅力は保たれていくことだろうとしている。

 日本における「水滸伝」の歴史を見ると、「知財コンテンツ」などという概念がなかった古代から、日本人がさまざまな派生作品の創作活動を行ってきたことが伺える。長い時間をかけて、日本のコンテンツ産業が花開く土壌が培われてきたと言えるかもしれない。(編集担当:今関忠馬)