(33)革这伙妈妈的命

  “革命也好罢,”阿Q想,“革这伙妈妈的命,太可恶!太可恨!……便是我,也要投降革命党了。”(「革命も悪くないな」と阿Qは考えた。このこん畜生めらをカクメイしてやる、憎い、けしからん野郎どもを!・・・このおいらだって、革命党の仲間に入るんだ。)

 “革这伙妈妈的命”、こん畜生どもの「命(いのち)を革(あらた)めてやる」。阿Qは「革命」を文字どおりに命を革める、気に入らないやつをやっつける、殺すことくらいに考えたのである。“这伙妈妈的”は例の「おまえのおっかさんを」式の罵(ののし)りことば。“投降革命党”は革命党に投降する、すなわち、鞍替えして革命党に仲間入りすること。

(34)又飘飘然起来

  阿Q近来用度窘,大约略略有些不平;加以午间喝了两碗空肚酒,愈加醉得快,一面想一面走,便又飘飘然起来。(阿Qはこのところ懐具合がさびしかったせいで、どうやら心おだやかでなかったらしい。そこへ昼間すきっ腹に二杯ひっかけたので、酔いのまわりが早かった。考え考え歩いているうちに、またしても例のふわりふわりが始まった。)

  「すきっ腹に二杯ひっかけた」と訳した“喝了两碗空肚酒”は、「二杯」とするよりも「二、三杯」としたほうが、収まりがよさそうですね。現に中国語の“两”にはそのような用法がありますし。にもかかわらずあえて「二杯」としたのは、いつか『孔乙己』のところで触れたかと思いますが、紹興一帯の飲み方として燗徳利一本、つまりコップ二杯ずつ注文するのが常であったからです。

(35)“造反了!造反了!”

 すきっ腹に二杯ひっかけたのが効いて“又飘飘然起来”、またもやふわりふわりが始まったというのは、先に阿Qが若い尼さんの頬(ほお)をつねったために“飘飘然”ふわふわした気分になったというのを受けて“又”と言っています。

 ふわふわした気分に誘われた阿Qは自分こそ革命党で村の連中はみな自分の捕虜だという気がしてきて、得意のあまり、思わず大声で叫びます。

  “造反了!造反了!”(造反だ!造反だ!)

 未荘の人々は彼がこれまで見たことのない驚きと恐れのまなざしで阿Qの方を見ます。とたんに阿Qは真夏に氷水を飲んだようないい気持ちになります。

(36)“六月里喝雪水”

 「真夏に氷水を飲んだようないい気持ち」の原文は“舒服得如六月里喝了雪水”です。面白い表現ですね。魯迅の発明でしょうか。これまで出会ったことがありません。なんて言っても、わたくしの読書範囲など限られていますが・・・。

 “六月”はもちろん陰暦の六月でしょう。夏の暑い盛りですね。“六月里下雪”という歇後語(シエホウユィ)(後半を省略したしゃれことば)によく出会います。“稀罕事”(めったにないこと)と続きます。

 “六月里蚊子”はどうでしょうか。真夏の蚊はしつこくて食いついたら離れないところから、“叮死了”と続きます。“叮”(dīng)は「蚊が刺す」こと、ここでは問い詰めること。“叮死了”で「とことん問い詰める」こと。確か『金瓶梅』に用例がありました。(執筆者:上野惠司)(イメージ写真提供:123RF)