1月16日は、1945年の終戦後も29年間にわたりフィリピンのルバング島でゲリラ戦を展開して74年に帰国、2014年に91歳で亡くなった小野田寛郎氏の命日だ。中国メディア・今日頭条は同日、「最も敬服させられる日本兵」として同氏について紹介する記事を掲載した。

 記事は、1945年の終戦時、多くの日本兵が「強い日本が負けるはずがない」と敗戦の事実を信じなかったと紹介。そのうちの1人が小野田氏であるとした。そして同氏がフィリピンの山中で上官から受けた命令を守って任務をこなし、現地警察当局との抗争を続けたと紹介した。

 また、何度か現地人に遭遇するなどして「戦争は終わった、投降せよ」との話を聞くものの一切信じることがなかったした。そして、ようやく74年になって同氏を発見した日本人探検家のあっせんにより出された上官の命令によって29年前に戦争が終わっていたことを知り、投降に応じたと説明した。

 そのうえで、記事は最後に「敵か友かということはさておいて、敬服すると言わざるを得ない」と評している。

 最近、中国国内では1937年の盧溝橋事件以降の8年間とされてきた「抗日戦争」について、1931年の満州事変勃発から起算した14年間と教科書の記載を改めることが発表された。抗日戦争における日本軍に関する文章で欠かせないのは「日本鬼子」という言葉だが、小野田氏を紹介する記事には「鬼子」の表記が一切見られなかった。まさに「敵か味方か」は差し置いたうえでの、1人の軍人に対する敬意ということなのだろう。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)