(21)“万不要向人提起这一段话”

 口外するなと言われるとかえって言い触らしたくなるのが女の、失礼!この性(さが)、男女を問わず持ち合わせているようですね。翌日、鄒七嫂は青いスカートを黒く染め替えに行くついでに早速、阿Qが怪しいといううわさを言い触らします。もっとも、秀才が阿Qを追放すべきだと話したくだりは持ち出しませんでしたが。

 ところで、鄒七嫂はなぜ青いスカートを黒く染め替えようとしたのでしょうか。盗品を買ったことがバレてしまうからでしょうか。当時、田舎では派手な青いスカートなど穿く人はいなかったという説明を聞いたことがありますが、本当のところはどうか確かめようがありません。

(22)“孝敬钱”

 追放はされなくても“可疑”怪しい、疑わしいといううわさがたっただけで、阿Qは不利な立場に置かれることになります。

 “最先,地保寻上门了”、まず地保がやってきて(“寻上门”とあるのは、北方語なら“找上门”でしょう)、趙太太に見せるのだと言っても聞かずに、一枚きり残っていた暖簾を没収してしまいます。それどころか、毎月“孝敬钱”をよこせと迫る始末です。“孝敬”は目上によく仕えること、物を差し上げることを言いますから、ここでの“孝敬钱”は穏便に済ませてやるからとゆすっているのでしょう。要するに「口止め料」ですね。「みかじめ料」というのでしょうか、暴力団が飲食店や露店などから取り立てる用心棒代なども一種の“孝敬钱”でしょうね。

(23)“敬而远之”

 地保がやってきて“孝敬钱”をせしめて帰ったのについで、村人たちの阿Qに対する態度がたちまち変わってしまった。“虽然还不敢来放肆,却很有远避的神情”、前のようにしたい放題のことはしなかったが、近づくまいとする態度がはっきりと見えた。しかもその態度は以前の「バサッ」とやられるのを避けようとするのとは違って、“颇混着“敬而远之”的分子了”、たぶんに「敬して遠ざける」気味を帯びていた。

 “敬而远之”、敬してこれを遠ざく。孔子が弟子の樊遅(はんち)から知とは何であるかを問われた時のことば“敬鬼神而远之”、(人としてなすべきことをなし)鬼神に対しては敬意ははらうが一定の距離をおいて接することだと答えたのによる。『論語』雍也篇。

(24)“斯亦不足畏也矣”

 多くの村人が阿Qを「敬遠」、敬って近づかないふりをして実は遠ざかろうとするのに対して、ただ“一班闲人们”一部の閑人(ひまじん)たちは、“却还要寻根究底的去探阿Q的底细”、根ほり葉ほりしつこく阿Qの内情を探ろうとした。阿Qも隠しだてせず、威張って自分の経験を話した。

 そこでわかったのは、阿Qはほんの下っ端で、外で待っていて品物を受け取る役目に過ぎなかった。ある夜、仲間が忍び込んでまもなく内側で騒ぎが起こったので、あわてて未荘へ逃げ返ってきたのだという。

 これを聞いた村人たちの態度は、憎まれたくないのが本心の「敬遠」から“斯亦不足畏也矣”、これまた畏(おそ)るるに足らざるなり(『論語』子罕篇に見える語)に変わったのである。(執筆者:上野惠司)(イメージ写真提供:123RF)