先日、2012年の9月に中国各地で発生した反日デモで、日本車に乗っていたことで群衆から暴行を受けて右半身不随となり、今もなお入院生活を余儀なくされている陝西省西安市の男性の近況を中国メディアが報じた。この報道は、中国国内で改めて「愛国」のあり方に対する議論を活発化させたようである。

 中国メディア・今日頭条は27日、「われわれはどう愛国すべきなのか」とする文章を掲載した。

 文章は「身内である中国人が買った自動車を壊し、自国民の財産を破壊したうえで、暴行して重傷を負わせる、そして最後に『愛国のためにやったのだ』と堂々と言い逃れをする。これは実に皮肉なことではないか」と問いかけた。また、もし日本製品の利用が非愛国的ということであれば、どうして自動車よりも「低俗な文化」である日本のアダルトビデオが中国でこれほど盛り上がりを見せているのか、とも疑問を提起した。

 そして、話を自動車に戻したうえで、消費者が価格や実用性と自身の経済状況を鑑みたうえで自動車を購入するのは当然であること、どの国の、どのメーカーの自動車を買うか買わないかは個人の自由であること、中国で販売されている日本車の大部分は現地合弁企業が生産したもので、中国人の作業によって製造されたものであることを説明。「愛国」を振りかざした日本車のボイコット、車体の破壊やユーザーへの暴行は愚昧であることを改めて訴えている。

 文章はそのうえで、「日系車を買うことが非愛国的と言うのは、一種の道徳による束縛、他人の自由な行為への干渉である」と指摘。真の愛国とは「国の発展のために貢献し、しかも国民の正常な生活に影響を与えない」ものであるとし、より理性的かつモラルのある愛国的行動を呼びかけている。

 消費活動は個人の自由で不可侵なもの、理性的な愛国心を持て、という呼びかけはその通りだ。しかし、その呼びかけだけで野蛮で乱暴な「愛国的行為」が根絶するとは思えない。反日デモが過激化、暴力化した原動力は、数多の社会問題によって鬱積された、市民たちの不満にあるからだ。暴徒たちは日ごろのうっ憤晴らしのために「愛国無罪」を口実とし、破壊行為に及んだのである。

 穿った見方をすれば、理性的な愛国の呼びかけは、一部市民によるうっ憤晴らしの場を奪うことになり、彼らは別の場所や機会を探すことになる。愛国心も大切だが、政府は日々の生活で市民が溜め込んでいる不満のガスを、安全に抜く方法を考えなければならない。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)