古代中国よりさまざまな文化や制度を取り入れてきた日本だが、全てのものをすんなりと受け入れた訳ではない。宦官制度はその代表例と言えるだろう。そして、中国渡来の文化を受け入れる一方で、中国大陸とは異なる日本独自の制度や習慣を培ってきたのである。

 中国メディア・今日頭条は24日、「日本の天武天皇による政策が、日本人の遺伝子を変えた」とする記事を掲載した。記事は、第40代天皇である天武天皇について「文武両道を極め、才徳を兼備し、天文学や占星術にも精通していた」と日本の史書に記載されていると紹介。7世紀後半における同天皇の執政期間中に日本の中央集権体制が確立されるとともに、「日本に大きな影響を与える2つの大事が行われた」とした。

 1つ目は「現在にまでつながる、天皇制度の開始」だ。同天皇以前の日本は中国の君臣制度に学んだ政治制度を採用しており、臣下が常に大王(おおきみ)の政策決定に影響を与えてきたと紹介。それが同天皇によって専制政治が行われ、中央集権体制が確立するとともに、天皇の称号が用いられるようになったと説明した。

 2つ目は、675年に肉食禁止令を出したことである。記事は、仏教を信奉していた同天皇が肉食禁止令を出し、肉食や殺生を禁じたと紹介。日本ではこれ以後1200年にわたって肉を食べない歴史が始まったとしたほか、「これにより日本人の栄養は著しく不足し、平均身長が低くなり、名実ともに『小日本』になったのである」と伝えている。

 さらに、明治に入って西洋人との体格差を痛感した政府が肉食を解禁したものの、1世代で国民の身長は高くなるはずもなく、「抗日戦争期まで、日本の兵士の平均身長は、中国兵士より10センチメートル低かった」と解説した。

 最後の解説は大きなお世話、といったところである。そして、全ての日本人が1200年間全く獣肉を食べなかった訳ではない。ただ、肉食が宗教的なタブーとして日本人の精神に深く根差し、肉食を目的とした家畜の飼育が明治時代まで発展しなかったことは間違いなさそうだ。同天皇が出した禁令は確かに、家畜業が非常に盛んで大いに豚などの肉が食されてきた中国大陸とは異なる道を歩むきっかけになったと言えそうだ。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)