(17)“这忘八蛋要提防”

 阿Qはいい加減に請け合って、気が無さそうに出て行ったが、本当に心にとめたかどうか、趙家の親子は安心できない。

 “这使赵太爷很失望,气忿而且担心,至于停止了打哈欠”(このことは父親の趙太爺をいたく失望させ、腹を立てたり心配したり、あげくはあくびまでとまってしまった)と、魯迅の筆は皮肉っぽく冴える。

 息子の秀才も阿Qの態度におおいに不満である。そこで、“这忘八蛋要提防,或者竟不如吩咐地保,不许住在未庄”(あの馬鹿者には用心しなくてはいかん、いっそのこと地保に命じて、この未荘から追い出そうか)と息巻く。

(18)“老鹰不吃窝下食”

 けれども、老獪(ろうかい)というか世慣れた太爺は言う、“这也怕结怨”、そんなことをしては怨みを買うことになりかねん、それに、“这路生意”、つまり、泥棒稼業をする連中は、ふつう、“老鹰不吃窝下食”(鷹(たか)は巣の周りの餌は拾わぬ)のたとえもあるとおり、近所で悪事を働きはせん。この村は心配しなくてもいい、せいぜい夜の戸締りだけ気をつければ、それで十分だと言った。

 “老鹰不吃窝下食”はよく使われることわざで、似た言い方に“老鹰不吃窝边食”と“窝下”が“窝边”に変わったものや、“不吃”を“不打”としたもの、“老鹰”の代わりに“老鸹”を用いたものなどがある。“老鸹”は“乌鸦”(からす)の一部の地方での方言。

(19)“庭训”

 鷹やからすではなくうさぎを用いたことわざもよく使われる。“兔儿不吃窝边草”。こちらもいくつかのバリエーションがあるが、いちいち挙げない。「うさぎは……」は日本語にもあったように思うが、手元の辞書には載っていない。或いはわたくしの頭の中が中国語とごっちゃになってしまったか。

 秀才はこの父親の教えを至極ごもっともだと思い、阿Qを追い出そうという提案をすぐさま撤回し、鄒七嫂に断じて人に漏らしてはならぬと言い含めた。

 上に「父親の教え」とした「庭訓」は孔子の子の伯魚(はくぎょ)が庭を通り過ぎようとした時、孔子が呼びとめて詩と礼を学ぶことの大切を説いたという故事にもとづく。テイキンと訓(よ)み習わしている。

(20)“子亦有异闻乎?”

 「庭訓」はまた「過庭」あるいは「過庭之訓」とも。『論語』季氏篇に孔子の死後、陳亢(ちんこう)という人が伯魚すなわち孔子の子の鯉(り)に“子亦有异闻乎?”(あなたは父上からなにか特別な教えを受けられたことがありますか)と聞いたのに対し、伯魚が“未也。尝独立、鲤趋而过庭、曰:‘学《诗》?’对曰:‘未也。’‘不学《诗》,无以言。’鲤退而学《诗》” と答えたとある。

 大意こうである。父がたたずんでいる時、私が庭を横切ろうとしましたところ、『詩』を勉強したかと聞かれましたので、まだですと答えたところ、『詩』を学ばなければちゃんとした応対ができないぞと言われたので、私は『詩』の勉強をしました。

 さらに、やはり庭を横切ろうとした時、“学礼乎?”と聞かれ“未也”と答えたところ、“不学礼,无以立”、礼を学ばないと人間として独り立ちできないぞ、と戒められている。(執筆者:上野惠司)(イメージ写真提供:123RF)