現在では様々な形状や色のレンズ、フレームのメガネが存在するが、戦前戦中期のメガネはほとんどすべてが丸メガネだった。中国メディア・今日頭条は21日、「どうして日本鬼子はメガネをかけた者がこんなに多かったのか」とする記事を掲載した。

 記事は、第2次世界大戦の古い写真を見ると、日本の兵士の多くがメガネをかけていたことに気づき、疑問を持つと紹介。「どうして、日本の兵士に近眼が多かったのか」とした。そのうえで、日本では明治維新後に教育を大いに振興させ、1904年の日露戦争期には国内の小学校就学率が97%に達していたと説明した。

 そして、1927年に実施された兵役法では満20歳の青年が兵役の義務を負うこととなり、一定の学歴や知識を持った者が兵役に就くことになったため「近視者が多くなるのは自然なことだった」とした。また、招集時の体格検査では視力の検査もなかったと伝えている。また、将校クラスにメガネをかけた人物が多かったとも指摘した。東条英機や、村寧次、谷寿夫といった著名な戦犯もメガネの使用者であったことを紹介した。

 この当時、日本でメガネを使用した人が中国よりも多かったかどうかは分からない。当時の中国でも知識人を中心にメガネを使用していた人物は少なからずいたのではないだろうか。ただ「抗日神ドラマ」などの影響もあって、中国人にとって丸メガネが「日本鬼子」のイメージの1つになっている可能性はありそうだ。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)