先日、中国サッカー・スーパーリーグの強豪である広州恒大が日本代表DF槙野智章に巨額の獲得オファーを出したと伝えられ、話題となった。結局獲得は実現しなかったが、実現すれば現状では非常に少ない日本人選手の中国移籍を加速させるのではないか、との見方も中国国内では出ていた。

 数少ない「中国移籍組」の第1号として2011年に中国の地に足を踏み入れたのは、ジェフ千葉やサンフレッチェ広島でプレーしたMFの楽山孝志だった。彼は今、どこで何をしているのだろうか。中国メディア・捜狐は15日、楽山が引退後も中国に残り、現地のユース選手育成に尽力していることを伝える記事を掲載した。

 記事は、楽山がトルシエ元日本代表監督の深圳紅鑽監督就任に伴って同クラブに移籍、日本人の中国スーパーリーガー第1号になったと紹介。同クラブはその年に2部リーグにあたる「中甲」に降格するも、チームの主力として活躍し、契約が切れた13年末に引退を発表したと説明した。

 そして、引退した楽山は中国を離れることなく「深センに戻ってユースサッカースクールを開設した」と紹介。その背景には、中国サッカーが成長できないのはユースの育成に問題があるからだという楽山の思いがあったとした。当初は募集広告を出しても集まったのはたった3人という状況から、現在では国内のU-10やU-13の大会で優勝するなどの成果が出るようになったと説明。日本への遠征も行い、現地のチームとの交流試合で勝利したと伝えた。

 記事は「1人の日本人選手が引退後、多くの中国サッカー界の大物たちがやってこなかったことをたくさんやっている。自称大物たちは、冷や汗をかいていることだろう」とし、中国サッカー世界のOBや関係者がもっと積極的に後進の育成に取り組むべきであるとの見方を示している。

 自身の選手としてのキャリアが終わってもその競技への情熱を失うことなく、今度は一流選手の育成を夢見て指導者としての道を歩む人は多い。中国ではまだ、後進を育てることに情熱を注ぐ文化が根付いていないように思える。

 子どもたちの素質やセンスはもちろん大事だが、強いチームを作ってユース全体の底上げを図るうえで最も大事なのはやはりコーチの情熱と指導力だ。楽山の地道な取り組みに中国サッカーのOBたちが刺激を受け、草の根レベルからの指導に熱意を抱くようになれば、中国サッカーのレベルアップも期待できるだろう。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)