(9)“大名”閨中まで

  阿Q这时在未庄人眼睛里的地位,虽不敢说超过赵太爷,但谓之差不多,大约也就没有什么语病了。

 この頃の未荘の人々の目に映じる阿Qの地位は、趙太爺すなわち例の秀才の父親を凌(しの)ぐとまでは言えないにしても、ほぼ同じと言っても言い過ぎではないくらいのものであった。

 村人の目に映った阿Qの地位は趙の大旦那と変わらないくらいであったというところを、持って回った書き方をしているところが面白い。

 やがて阿Qの“大名”令名は未荘の“闺中”、すなわち女性の部屋にまで響きわたる。先に阿Qの姿を見ると戸口の中に隠れた女性たちの部屋にまでである。

(10)“深闺”ならぬ“浅闺”

  虽然未庄只有钱赵两姓是大屋,此外十之九都是浅闺,但闺中究竟是闺中,所以也算得一件神异。

 “闺中”の“闺”は女性の部屋を指すが、ただちに連想するのは“深闺”という語である。すなわち高貴な女性が寝起きする大邸宅の奥まった部屋である。そういう“深闺”を有する大邸宅は、未荘では銭家と趙家に限られる。残りの十中八、九はいわば“深闺”ならぬ“浅闺”である。とはいうものの“闺中”には違いない。だとすれば、これまた奇跡に近い出来事と言ってよかろう。

 “深闺”に対する“浅闺”が魯迅の造語かどうかは確かめようがないが、ここでの使い方をふまえたと思われる文章には、時折り出会う。

(11)“不但见了不逃避……”

 女たちは顔を合わせると、決まって鄒(ツォウ)七(チー)嫂(サオ)が阿Qの所で藍色の絹のスカートを買ったとか、趙(チャオ)白(バイ)眼(イエン)の母親も子供用の赤い紗(うすもの)の単衣(ひとえ)を買ったとかのうわさでもちきりであった。もう阿Qの顔を見れば逃げ出すようなことはしないし、時には阿Qが通り過ぎてしまってからも、まだ追いかけて呼びとめようとさえする始末である。

 “阿Q,你还有绸裙吗?没有?纱衫也要的,有吧?”(阿Q、おまえさんまだ絹のスカート持ってるかい? ない? 紗の単衣もほしいんだけれど、あるだろう?)

(12)“新辟了第三种的例外”

 そのうちに、うわさは浅閨から深閨にまで伝わった。鄒七嫂が得意のあまり、絹のスカートを趙太爺の奥様に御覧にいれたからである。趙の奥様は夫の太爺に話し、そのうえ大いにほめそやした。

 すると趙太爺は、夕飯の席で息子の秀才大爺と討論して、どうも阿Qにはうさんくさいところがある、戸締りに気をつけたほうがよいということになった。

 とはいうものの、阿Qの持ち物にまだ何かめぼしい物が残っていやしないかが気になる。それに、趙の奥様がちょうど“价廉物美”値段が安くて品物のいい皮のチョッキがほしいと思っていたところである。そこで家族は決議して、鄒七嫂に頼み、即刻、阿Qを呼びに行ってもらうことにした。

 かくて、先の二つの例外に加えて、新たに第三の例外を設けて、その夜だけは“姑且特准点油灯”、ひとまずランプをともすことを許すことにした。(執筆者:上野惠司)(イメージ写真提供:123RF)