22日午前6時前に福島県沖でマグニチュード7.4の大きな地震が発生、福島県と宮城県で津波警報が出て、仙台港では140センチメートルの津波を観測した。日本国内では5年前の東日本大震災を想起した人も多かっただろうが、当時実際に地震と津波の脅威を経験した人は、中国にも少なからず存在するのである。

 中国メディア・温州都市報は26日、5年前の震災発生時に、4人の中国人研修生を守った日本人が25日に浙江省温州市を訪れ、4人と約5年半ぶりの再会を果たしたとする記事を掲載した。

 記事は、宮城県石巻市にある水産会社・大興水産の工場長だった和田佳一さんらが「子どもたち」に会うために温州にやってきたと紹介。2011年3月11日の震災発生時に命を守った4人を含む同社の元研修生と再会し、涙を流したことを伝えた。

 そして、和田さんが4人を救った経緯について説明。地震発生時に同社で勤務していた3人を探し出し、体調不良で休んでいたもう1人も呼んだうえで自動車に乗せて避難しようとしたところ道路が渋滞、そこで近くの建物の3階に走って逃げたとした。さらに、なおも不安に感じた和田さんは4人を連れて山をのぼり、他の住民と一緒に一夜を過ごさせ、翌日に見つけた避難所へ4人を送り届けて帰宅したと説明している。

 記事は、和田さんが今回温州を訪れた動機について、震災発生後に温州や上海から数多くの支援物資が届き、研修生たちに感謝の意を伝えたかったこと、歴代の研修生から「遊びに来てください」と言われてきたことなどを挙げた。そして、元研修生たちが「和田さん」と親しげに声をかけるとともに、彼らから「私たちに良くしてくれた。病気になったり仕事で困難に直面したら、和田さんを訪ねた。和田さんは、自腹で遊びに連れていってくれたり、自宅に招いてごちそうしてくれたりもした」との声が聞かれたことを伝えた。

 温州市では1991年より、毎年石巻市に水産加工の研修生を派遣しており、現在までの派遣人数は26期でのべ1200人あまりになっている。そのうち、大興水産では120人あまりの研修生を受け入れてきたとのことである。

 ただでさえ異国での仕事や生活は心細いものであり、それが未曽有の大災害に巻き込まれたとなれば、さぞやパニックに陥ったことだろう。この時の事は永遠に忘れることはないだろうし、ましてや和田さんに対する恩情も一生消え去ることはないはずだ。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:(C)mtaira/123RF)