(1)えっ,阿Qが挙人旦那の家で働いていた!
 話題を『阿Q正伝』に戻します。

 城内から帰ってきた阿Qが酒屋の主人“掌〓”に探りを入れられて、城内での得意な生活、いわば「中興史」を語り始めるあたりでしたね。(〓は、木ヘンに巨)

 魯迅の文章に慣れていただくために、なるべく原文を引くことにしましょう。

  据阿Q説,他是在挙人老爺家里〓忙。這一節,听的人都肅然了。這老爺本姓白,但因為合城里只有他一个挙人,所以不必再冠姓,説起挙人来就是他。這也不独在未庄是如此,便是一百方圓之内也都如此,人們几乎多以為他的姓名就叫挙人老爺的了。在這人的府上〓忙,那当然是可敬的。(〓は、邦の下に巾)

(2)「挙人」は今で言うと
 阿Qが言うには、彼は挙人の旦那の家で働いていたらしい。

 「挙人」というのは科挙の郷試(府州県段階の試験)に合格した者のことで、中央での役人の登竜門である「進士」の受験資格を有している。地方にあっては挙人の資格を有するだけで、十分に名士である。村でいちばん威張っている趙太爺の息子にしても、まだ挙人の前段階である「秀才」に過ぎないのであるから。

 乱暴を承知で今日に置き換えれば、「秀才」は超難関大学の法学部あたりの在学生、「挙人」はその大学の卒業生、「進士」は国家公務員のⅠ種合格者。いや、もう少し難しいか。今は廃止されたが、高等文官試験合格者といったところか。

(3)阿Qは「二度とあんな所で」と言うが
 その挙人の旦那の家で働いていたという話を聞いて、みなショックを受けてしゅんとなった。

 この旦那はもともと白(パイ)という姓であるが、城内で挙人は彼一人しかいなかったので、わざわざ姓をつけて呼ぶまでもなく、挙人と言えば彼に決まっていた。これは未荘だけのことではなく、百里四方のうちどこでもそうであって、彼の姓名が挙人旦那だと思っている人さえ少なくないというありさまであった。

 それほどの人の邸(やしき)で働いていたというのであるから、聞いた人たちが、尊敬の念にうたれるのはあたりまえのことだ。

 ところが、また阿Qによれば、もう二度とあんな所で働きたくないとのことなのである。

(4)いい気味でもありもったいないようでも
  但据阿Q又説,他却不高興再〓忙了,因為這挙人老爺實在太“媽媽的”了。(〓は、邦の下に巾)

 ちょっと語学的なことに触れておけば、ここの“高興”は「楽しい、愉快だ」という形容詞ではなく“愿意”(喜んで…する)という意味で使われている。“媽媽的”はすでに取り上げたように「こん畜生」ぐらいの罵(ののし)りことば。

  這一節,听的人都嘆息而且快意,因為阿Q本不配在挙人老爺家里〓忙,而不〓忙是可惜的。(〓は、邦の下に巾)

 挙人旦那は「こん畜生」だからもうあんな所で働きたくないという話を聞いて、みなため息をつきながらも痛快がった。というのは、もともと挙人旦那の家で働くような柄(がら)ではないが、かと言って働きに行かないのも、またもったいないような気がしたからである。(執筆者:上野惠司 編集担当:徳永浩)(イメージ写真提供:123RF)