紅葉が美しい季節だが、市街地では枯葉が道端に舞い散る時期。そんな枯葉をきれいに掃き取ってくれるのは、町内の清掃活動や、清掃ボランティア活動など、美しい街の景観を保とうとする市民たちによる行動だ。面倒なことでも責任感をもって進んでやる、という日本の市民の精神について、中国からは「われわれも学ぶべき」との声が出ている。

 中国メディア・泉州晩報は21日、「自ら面倒を買って出る姿勢に『いいね』」と題した評論記事を掲載した。記事はまず、先日福建省泉州市を通る道路の中央分離帯にある花壇で行われたメンテナンス作業の様子を紹介。作業するにあたって花壇の前に保護シートを敷き、掘り起こした花壇の土を丁寧にシートの上に乗せていったとした。「こうすれば土を戻しやすいだけでなく、アスファルトの路面を汚すこともない」と解説した。

 そのうえで、日常的に道路を掘り返しては埋める中国では、施工業者が市民の不便や土埃が舞い上がる環境に配慮することが少ないと指摘。花壇のメンテナンス作業で見た光景について「細やかで、かつ、自ら面倒な作業を買って出る姿勢は、素晴らしい」と賞賛している。

 そして、街にゴミが落ちておらず、さまざまな広告ビラを見かけない日本の社会について言及。清潔さが保てる背景には「彼らが街周辺の生態環境を可能な限り保とうとしており、私物で公共エリアを占有することもしない」という市民の心がけがあるとした。さらに、日本人は「街を自分の庭とみなしている」と説明。ゆえに、公共の場である街を掃除することは、自らの責務であると認識しているのだと論じている。各個人がこのような大きな「義務」や道徳的責任を負っているからこそ、街は「わが家の庭のような温かさ」を持つことができるのだとした。

 記事は、中国国内でしばしば「環境保護に必要なのは、ちょっとした行動だけ」というスローガンを見かけるが、「本当の美しさというものは、そんなに簡単なものではないかもしれない」と指摘。「自己に責任を課し、自分にとって面倒なこと、自分の利益が犠牲になりさえすることをもっとしなければならない。そうしてこそ、美しいものは本当に美しくなり、黄金よりも貴くなるのだ」と結んだ。

 いささかオーバーな表現のようにも思えるが、「全てにおいて自らの利益を優先させるのではなく、少しでもいいから自らにとっては面倒でも、みんなのためになり、結局は自分のためにもなる行動を起こすこと」が、これからの中国社会をより良いものに変えていくはずだ、という指摘はまさにその通りと言える。一方、日本では個人の利益や事情を常に優先させようとする風潮が以前よりも強まりつつある。公園などに放置されたゴミや空き缶、路上のタバコの吸い殻を見るたびに「中国の事を笑っていられない」と感じてしまうのだ。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)