中国の台頭により、GDPベースで「世界第2の経済大国」の座を明け渡した日本。しかし、1945年の敗戦から立ち上がり、約20年後の68年には「世界第2」の地位に就き、40年以上にわたって、その座を保ち続けた輝かしい功績は、決して消えることはないのである。

 中国メディア・今日頭条は7日、「どうして日本はこんな急速に発展できたのか」とする記事を掲載した。記事は、同じ敗戦国のドイツでは戦争による重工業インフラの損害が軽く、戦後の工業発展につながったのとは異なり、日本は第2次大戦末期に焼夷弾と原子爆弾によって「工業地帯、居住地帯問わず空前の大災害に見舞われた」と説明。それにも関わらず、欧州諸国を上回る急速な経済発展を実現できたのはなぜなのか、と疑問を提起した。

 その答えとしてまず、確かに莫大な損害を受けたものの、日本の工業基盤や工業技術はとても強力だった点を挙げ、第2次大戦前の時点ですでに世界のトップ10の常連であったとした。そして、教育の重視ぶりについても「今の中国と比べても比べ物にならない」状況であり、工業技術にしろ教育にしろ、明治維新後に構築された良好な基盤の「貯金」があったとの見解を示した。

 さらに、戦後の日本を取り巻く世界的な環境についても言及。米国から資金や技術の支援を受けられたこと、米国からほぼ無償で全方位的な安全保障を得られたこと、西側諸国や西側の市場が日本に対して全面的に開放されたことを挙げ、「こんな待遇を得られれば、経済成長を実現するのも当然である」と評している。

 また、技術の発達とともに、日本人のモラルの高さは「一般的な国とは比較できない」レベルであり、戦後20年ほどで「世界第2の経済大国」の座に就いたことも「決して偶然ではないのだ」と伝えた。日本は68年に西ドイツを抜いて、資本主義諸国における国内総生産(GNP)で米国に次ぐ第2位となった。実際、世界的には1980年代までソ連が2位で、日本は3位だったが、しばしば日本が「世界第2の経済大国」と表現されてきたのである。

 中国大陸では49年に中華人民共和国が建国された。広大な国土と大量の人口を抱える中国だが、今の「世界第2の経済大国」の座を獲得するまでに、実に62年の歳月を要したことになる。記事を見たあるネットユーザーが「50-80年の30年間に及ぶ『浪費』がなく、改革開放のような制度を進めていれば、わが国はとっくに世界一の経済大国になっていた」と感想を述べているが、おそらくその通りだろう。

 一方で、もし中国に階級闘争に明け暮れた「30年の浪費」がなかったならば、日本は今のような高度経済成長を実現できていただろうか。日本だけではなく、世界の情勢や構図も現状とは大きく異なっていたはずだ。(編集担当:今関忠馬)(写真は神戸港、イメージ写真提供:(C)Vichaya Kiatying-Angsulee/123RF)