(17)「五節句」元旦だけは別格
 「五節句」という語の意味は言うまでもなく五つの節句の意で、一、三、五、七、九の陽数(奇数)の月と、その月の初めの陽数の日が重なる日、すなわち一月一日、三月三日、五月五日、七月七日、九月九日を指して言ったもののようですが、そのうちいつのまにか、年の初めということで一月一日の「元旦」だけは別格に扱われ、代わって一月七日の「人日」が加わったものかと思われます。特にこの五つの節句をまとめて「五節句」とするのは、或いは日本だけのものかもしれません。

 ついでに言えば、「節句」はまた「節供」とも書かれますが、こちらは節日にそなえられる供物(くもつ)の意が転じたもののようです。

(18)「たなばた」は棚機(たなばた)
 これまで見てきたもののほかに、五節句には七月七日の「たなばた」があります。こちらも本来は旧暦の行事でしょうが、今は新暦で行われることが多いのは、ご存知のとおりです。

 「たなばた」は棚機と書いて織機を意味します。牽牛、織女の織女にちなんでの命名でしょうが、こちらも日本式でしょう。

 中国では「七夕」「七月七」「七月七日」「乞巧」などと称されてきたようです。うち「乞巧」は(女子が手芸に)巧みになることを乞う意で、わが国でも「乞巧奠」(キッコウデン、キコウデンとも)と称して、早くから宮中の祭事としていて行われていたことが文献に見えます。

 女子が手芸に長じることを祈るところから、中国では早くから「女児節」とも称されていました。

(19)バレンタインデーに取って代わられた「たなばた」
 西王母の怒りを買って仲を天の河の両岸に裂かれた相思相愛の牽牛と織女がこの日だけ逢うことが許されたという伝説はわが国にも伝わり、恋人同士がこの日を特別な日として大切にしていたことはよく知られていますが、今は逢引(あいびき)の日としての役割はバレンタインデーとやらにすっかり取って代わられてしまったようですね。

 それでも願い事がかなうことを祈る日としての役割はまだ失われていないらしく、わたくしがかつて勤めていた女子大学では、この日、教室棟の入口の近くに笹竹が立てられ、通りがかった学生が思い思いに願い事を書いて枝に結んでいたのを思い出します。立ち止まって盗み読みするのもはしたないので顔見知りの学生に「何て書いたの?」と聞いたところ、早く就職が決まりますようにとの答えでした。

(20)せめて「重陽」だけは旧暦で
 「五節句」に限らず伝統的な節句は旧暦に従って行われるべきものですが、今はほとんどが新暦によっているようです。もっとも、中国では端午にしろ七夕にしろ、今もなおすべて旧暦で祝っています。元旦が新暦の一月一日よりも旧暦の一月一日、すなわち「春節」のほうがはるかににぎわうことはよく知られているとおりです。

 まあ万事新暦に従ってというのが大きな流れでしょうが、節句ぐらいは旧暦で祝いたいものですね。なかでも、九月九日の「重陽」を、いくら年中菊の花があるからと言っても、残暑の酷しい新暦の九月初旬にというのは、先にも書いたとおり大きな違和感があります。(執筆者:上野惠司 編集担当:サーチナ編集部)(イメージ写真提供:123RF)