かつてのアニメやドラマにおける「ダメな子ども」の典型的な行動といえば、「寝転がって菓子をつまみながらマンガを読む」ではないだろうか。そして、親が「くだらないものばっかり見てないで、勉強しなさい」と怒鳴るのである。最近ではマンガ愛好世代が親になったことで、子どもに理解を示したり一緒に読んだりするケースも多いが、中国ではなおも親にとってマンガは「くだらないもの」のようである。

 中国メディア・今日頭条は19日、「どうして中国のアニメと日本のアニメにはこれほど大きな差があるのか」とする記事を掲載した。記事は、目覚ましい発展を遂げている日本のアニメ産業が、「マンガ業」と「動画業」の2部分に分かれていると紹介している。

 記事は、日本におけるアニメ制作の流れを説明。「マンガ業」において作品をまずコンテストに出し、売れる可能性があると出版社などから見込まれて、ようやくテスト掲載が行われ、そこで良い感触が得られて、初めて雑誌の連載にたどり着くとした。そして、連載にこぎ着けても読者の反応が悪ければ、たちまち打ち切りとなり、継続的に良好な人気を保つことで、ようやく、アニメ化の話が出てくると解説。それゆえ、アニメ化される作品は、品質が保証されているのだとした。一方、中国国内では、マンガと動画の区分けがしっかりできておらず、「アニメ作品が大衆に受けるという保証がない」、「無理やり観衆に受け入れさせようとしている」状況であると論じている。

 また、中国のアニメ業界には「良い発展環境」が不足しているとも指摘。それは、親世代のアニメ産業に対する認知や理解の不足であるとし、「小学生のうちはアニメを見ても親に理解されるが、中学生になると『こんな年になってまだアニメか』と親が嫌な顔をする」と説明した。さらに、近所のお姉さんが美術を学びたいと親に申し出たところ、「ろくでもない」と反対されたというエピソードを紹介。青少年はもちろん、中高年層でさえマンガやアニメを愛好する人が少なくない日本とは「天地ほどの差である」とした。

 日本では早い時期から新聞の4コママンガが存在し、勧善懲悪の要素を持ったアニメ作品が制作されたほか、米国産のアニメも積極的にテレビ放送されたこともあり、マンガやアニメを受け入れる土壌は比較的早い段階からあったと言える。しかし、冒頭に触れた通り、日本でも今の中国と同じように親がマンガやアニメを「くだらないもの」とみなす風潮はあったのだ。

 中国でも今後、今のマンガ・アニメ愛好世代が親となる時代が到来する。そうなれば、社会全体のマンガやアニメに対する見方も大きく変わってくることだろう。技術や金銭で埋めることのできない時間的な差が、日本と中国のマンガ・アニメ業界には存在するのだ。決して、すぐに追いつこうと思ってはいけない。まずは「受け入れられる文化」を少しずつ作っていくことだ。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:(C)Leonardo Villasis/123RF)