日本のお寺や神社の雰囲気を漢字2文字で表そうとすれば、しっくりくるのは「荘厳」だろうか。単に静かなだけではなく、張り詰めた空気感が漂うイメージである。中国にも仏教のお寺は存在するが、その雰囲気は日本とはだいぶ異なるのだ。

 中国メディア・今日頭条は17日、「中国のお寺を見て、日本のお寺を見てみると、どれほどの差があるかが分かる」とする記事を掲載した。記事はまず、中国のお寺や廟で見られる焼香の光景を撮影した画像を紹介。現場には濃い煙が立ちのぼっている他、焼香場所一帯が「狼藉」になっていると説明した。画像を見ると、火のついた大きいピンク色の線香が何本も束になって無造作に置かれ、黄色い包み紙が散乱している様子が見て取れる。

 記事は、この光景が「中国では特別ではなく、多くの寺で見られるもの」と説明したうえで、祈りを捧げる信仰の場であるにも関わらず、「まるで市場のように非常に賑やかである」とした。また、多くの参拝客でびっしりと埋め尽くされた焼香場所の画像も紹介し、「正常な環境や雰囲気であるはずの寺や廟は、完全に変質してしまっている」と論じた。

 そのうえで、今度は日本の寺の様子を紹介。日本の寺にも時によっては多くの参拝客が訪れるものの、おしくらまんじゅうのような状況は発生せず、「本当に静かである」と説明した。そして、日本では寺社が非常に神聖な場所とされているため、参拝客は特に自らの挙動に注意を払っているのであると解説している。

 さらに、人で賑わう東京・浅草寺の仲見世の様子も紹介し、「多くの人がいるが、よく見ると乱雑な印象を覚えない。そして、きれいに保たれている。もしこれが中国だったら、道の上にはとっくにゴミが散らばっていることだろう」と伝えた。

 ゴミの散乱については改善されるべきだろうが、「中国の寺も日本のように静かであるべきだ」という論理にはいささか疑問を感じる。日本は静かさを求める文化であるのに、中国はとにかく賑やかさを好む文化だ。それが、冠婚葬祭や先祖祭りにも表れているのである。何も無理やり静かにする必要はない。もちろん、一定の秩序を守る配慮は必要だ。

 寺院の雰囲気以外に、トイレに対する考え方も日本と中国では大きく異なる。日本ではプライベートな空間として捉えられてきたのに対し、中国では住民どうしがコミュニケーションを取る場だったのである。日本と中国はやはり「似て非なる国」なのだ。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)