(9)陽数の重ならない例外の節句
 新暦か旧暦かはともかく、わたくしには旧暦に決まっていますが、しつこいかな?先の「重陽(ちょうよう)」は1月7日の「人(じん)日(じつ)」、3月3日の「上巳(じょうし)」、5月5日の「端午(たんご)」、7月7日の「七夕(しちせき)」と共に、1月1日の「元旦(がんたん)」を除く五節句に数えられています。

 うち、「人日」の1月7日を除いて、いずれも日付の数字が重なっていることにお気づきでしょうか。月、日ともに陽数(奇数)ですから、いずれの節句も「重陽」ということになりますが、一桁(けた)で最大の陽数が重なる9月9日を別格に扱って、この日のみを「重陽」と称しているわけです。いっそのこと、「人日」の代わりに「元旦」を五節句に数えることにすれば、いずれも陽数が重なってすっきりするのにという気がしなくもありません。

(10)「人日」の由来を知りたいのに
 ところでこの「人日」ですが、この日に七草粥(がゆ)を食べることはよく知られていますが、なぜこの日を「人日」というのかは、あまり知られていないようです。今、手元の『岩波国語辞典』第七版を引いてみますと、「人日」の項には「ななくさ」の項を見よとあるきりです。

 そこで「ななくさ」の項に当たってみますと、七草についていろいろ説明があったあとに、「七草の節句」の略、五節句の一つ、七草粥を食べる正月七日、人日(じんじつ)、とあるだけで「人日」の由来については触れていません。

(11)「人の日」と言い換えただけでは
 同じ岩波書店の『広辞苑』第六版はどうかというと、「人日」の項に、この語が『荊楚歳時記』に見えることを示したうえで、「五節句の一つ。陰暦正月七日の節句。七種(ななくさ)の粥を祝う。ななくさ。人の日」としている。

 「陰暦正月七日」と明記したところは我が意を得たりと言いたいが、肝心の「人日」を「人の日」と言い換えただけで済ませているのは、はなはだもって頂けない。もう一方の三省堂『大辞林』第三版も、「五節句の一。陰暦正月七日のこと。七種(ななくさ)粥(がゆ)を祝う風習がある。人の日」と、似たり寄ったりの記述である。

(12)人の禍福・吉凶を占った日です
 「人日」という語は『広辞苑』が記すように、確かに『荊楚歳時記』という6世紀の楚(湖北・湖南地方)の民間の風俗を記した書物に出てくるが、よく知られているのは盛唐の詩人高適(こうてき)がこの日に杜甫に贈った「人日寄杜二拾遺」(人日杜二拾遺に寄す)という詩のなかに出てくる

  今年人日空相憶、 今年(こんねん)の人(じん)日(じつ) 空(むな)しく相(あい)憶(おも)ふ、
  明年人日知何處。 明年(みょうねん)の人(じん)日(じつ) 何(いづ)れの処(ところ)なるかを知(し)らん。
においてである。

 旧時、元旦の鶏に始まり、二日に狗(いぬ)、三日に羊、四日に豚、五日に牛、六日に馬、七日に人、八日に穀物の豊凶や人の禍福・吉凶を占う風習があり、人日の行事が最も盛大であったのである。上の高適の詩句はいつ、どこへ左遷されるかわからない身の不安を占って詠んだものである。(執筆者:上野惠司 編集担当:サーチナ編集部)(イメージ写真提供:123RF)