(261)“现钱!打酒来!”

 ほうほうの体(てい)で尼寺から逃げ出した阿Qは,村を去って城内へ行く決意を固めます。阿Qがふたたび未荘(ウェイチュアン)に戻ってきたのは,同じ年の中秋を過ぎたばかりの頃でした。人びとは驚いて,あれから阿Qはどこへ行っていたのだろうとうわさをしました。夕暮れ近く,その阿Qが寝ぼけまなこで居酒屋の戸口に現れます。カウンターに歩み寄った阿Qは,胴巻きの中から銀貨や銅貨をつかみだして,それをカウンターの上に放り出して言います。

 “现钱!打酒来!”(現金だ,酒をつけてくれ!)

(262)“与其慢也宁敬”

 人びとが驚いて見ると,着ているものは新しい袷(あわせ)の上着で,腰には大きな巾着(きんちゃく)がぶらさがっていて,重みでずぼんの帯がそこだけ垂れさがっています。

 “与其慢也宁敬”,未荘のしきたりとして,多少とも人目を引く人物に出会ったら,「あなどるよりも,むしろ敬意を払っておく」ことになっていて,たとえ阿Qであっても,あのぼろの袷をまとっていた阿Qとはまるで別人であるところから,“士别三日便当刮目相待”(士(し)別れて三日(さんじつ)なれば,すなわち当(まさ)に刮(かつ)目(もく)して相待つべし)というわけで,みな“疑而且敬”,いぶかりながらもともかく敬意を払っておくという態度を示します。

(263)“士别三日便当刮目相待”

 上の“与其慢也宁敬”にしても“疑而且敬”にしても,別にこういうことわざや成語があるわけではありませんが,いかにも古語めかして未荘の人びとの事なかれ的な処世の態度を描写するのに用いているところが,風刺が効いていて面白いですね。

 極め付きは“士别三日便当刮目相待”です。もとは『三国志』のうちの『呉志・呂蒙伝』の注に見える語で,呉の武将呂(りょ)蒙(もう)が同じく武将の魯(ろ)粛(しゅく)から,君は「呉下の阿蒙に非ず」,もはや呉の田舎に住んでいた頃の無学な呂蒙ではないね,とほめられた時に答えて発したことばとして知られています。とうてい「士」,立派な男子とは呼ぶことのできない阿Qを遇するのに「刮目して待つべし」とは,いかにも不釣合いです。

(264)“疑而且敬”

 “疑而且敬”,疑いながらもともかく敬意を払っておく応対ぶりは,酒屋の主人“掌柜”にも見られます。主人はまず軽くうなずいたあと,こう話しかけます。

 “嚄,阿Q,你回来!”(ほう,阿Q,お帰り!)

 “回来了”(帰ってきたよ)と答えた阿Qに,こんどは,

 “发财发财,你是――在……”(景気がよさそうだね,おまえさん――どこで……)

 “发财发财”と,ともかく敬意を表しておいたうえで,“你是――在……”と,じわっと探りを入れるところに,世慣れた酒屋の主人の面目が窺われます。

 “上城去了!”(城内へ行ってたんだ!)

 このニュースは,あくる日にはもう未荘の村全体に伝わり,人びとはみな現なまと新しい袷の阿Qの「中興史」を知りたがります。(執筆者:上野惠司 編集担当:サーチナ編集部)(イメージ写真提供:123RF)