(253)長大根なら助数詞は“根”では?

 空腹の阿Qが静修庵で抜き取った“四个萝卜”はやはり丸大根ではなかったかという気が,だんだん強くしてきました。まず先にも書いたように,中国の大根はどちらかと言えば,丸大根が主流であること。《现代汉语词典》はその形状を“主根为圆柱形或近球形”として長大根を先に挙げていますが,わたくしが愛用しているもう一冊の《应用汉语词典》(商務印書館,2000年)は,“球形或圆柱形”と,丸大根の方が先です。

 《应用汉语词典》は個別の名詞にいちいち助数詞を示しているので重宝していますが,“萝卜”は “个”で数えるとしています。長大根も“个”で数えられなくはありませんが,よりふさわしいのは“根”ではないでしょうか。

(254)“拔啊拔,拔啊拔”丸くて大きいから抜きにくい?

 中国の子供なら誰でも知っているお話に,おじいさんが植えた大根が大きくなりすぎて抜くのに苦労するお話があります。“老公公”一人では抜けないので“老婆婆”が手伝いに出てくる。それでも抜けないので,“小孩子”が,“小花狗”(ぶちの仔犬)が,最後に“小黑猫”が……。

 “小黑猫拉着小花狗,小花狗拉着小孩子,小孩子拉着老婆婆,老婆婆拉着老公公,老公公拉着大萝卜。拔啊拔,拔啊拔,拔起来了。”もう半世紀以上の昔,あの謹厳な倉石武四郎先生が手ぶり身ぶりよろしく講義されたのを懐かしく思い出します。抜くのにこんなに苦労するというのは,きっと大きな丸大根に違いありません。長大根ならすぽっと簡単に抜けてしまいそうです。

(255)辞典の挿絵は丸大根

 光明日報出版社2003年刊の《现代汉语大词典》は「彩図版」の名のとおり豊富な挿絵を収めています。この辞典の“萝卜”の項を見ますと,“主根圆柱形或球形”は他の辞典と変わりはありませんが,挿絵は球形のものしか出ていません。

 若い尼さん“小尼姑”がひっこんだと思ったら,こんどは年とった尼さん“老尼姑”が出てきて阿Qをなじります。おまけにふだんは表門にいるはずの黒犬が裏の畑に現れて阿Qに向かって吠えたてます。あわや阿Qの足にかみつこうとした時,大根が一本(?)転がり落ち,犬はびっくりして立ち止まります。

(256)豊子愷さんも丸大根

 中国の画家,と言っていいのかな?文章もいいけれど,ここでは画家ということにしておきましょう。すでに何度か触れましたが,この豊子愷(ほうしがい)さんに魯迅の小説に絵を添えて,絵物語ふうに仕上げた作品があります。

 そのうちの一冊に《漫画阿Q正传》があり,民国28年,すなわち1939年の7月に開明書店から出版されています。この本の中にちょうど上の大根が転げ落ち,犬が驚いて立ち止まっている場面が描かれています。見ると,立ち止まっている犬の目の前に丸い大根が一つ転がっています。これで「決まり」――と,わたくしには思われるのですが。(執筆者:上野惠司 編集担当:サーチナ編集部)(イメージ写真提供:123RF)