(245)地方劇“龙虎斗”

 阿Qと小Dのけんかを“龙虎斗”すなわち竜と虎の闘いにたとえたのは、言うまでもなくやせっぽち同士の取っ組み合いをからかってのことであるが、好敵手同士の死力を尽くしての闘いをたとえる“龙虎斗”にはもとづくところがある。

 実際に観たわけではなく書物の上での知識に過ぎないが、魯迅の郷里である紹興の地方劇に“龙虎斗”と題する演目があり、宋の太祖趙(ちょう)匡(きょう)胤(いん)と呼(こ)延(えん)贊(さん)の闘いを演じたものであるとのことである。
“这一场‘龙虎斗’似乎并无胜败”(この一場の「竜虎の闘い」はどうやら勝ち負けなしのようであった)という一文は、そういう背景を知って味わうべきものなのであろう。

(246)広東料理“龙虎斗”

 食通の人なら“龙虎斗”から、ただちに広東料理の名菜を思い浮かべるに違いない。こちらの“龙虎斗”も、同じ魯迅の小説『幸福な家庭』の中に出てくる。

 但“龙虎斗”又是什么呢?有人说是蛇和猫、是广东的贵重菜、非大宴会不吃的。(ところで「竜虎闘」とはいったい何か。一説では蛇と猫で、広東では貴重な料理とされていて、大きな宴会でなければ食べられないそうだ。)

 残念ながら、劇通でも食通でもないわたくしは、芝居の“龙虎斗”も料理の“龙虎斗”も経験したことがないので、多くを語る資格はないが、料理のほうの“龙虎斗”は広州の街の看板で何度か見かけたことがあるから、おそらく今も食べさせる店があるのだろう。
(247)江蘇料理“龙虎斗”

 “龙虎斗”を蛇と猫の料理とすることには異説もあるらしく、上の『幸福な家庭』には続いてこうある。

 但我在江苏饭馆的菜单上就见过这名目、江苏人似乎不吃蛇和猫、恐怕就如谁所说、是蛙和鳝鱼了。(だがわたしは江蘇料理の店のメニューでもこの名前を見たことがある。江蘇人は蛇や猫を食べないようだから、これはおそらく誰かが言ったように、蛙と鰻のことだろう。)

 愛知大学の『中日大辞典』第三版(大修館書店、2010年3月)の“龙虎斗”の項を見ると、蛇と猫の猫はハクビシンのこともあるらしい。また、江蘇料理の鰻はタウナギとのこと。他にタウナギと豚肉を使った民間料理にも“龙虎斗”があるとのことである。

(248)猫よりもハクビシン

 以下はただの覚え書きである。

〇食通の中国の知人から“龙虎斗”の“虎”すなわち猫は、通常の猫ではなく“果子狸”を使ったものが上等であると聞いた。辞書によると“果子狸”は“花面狸”ともいうらしい。ハクビシンのことか。
〇“龙”は“蛇”をおおげさに言ったものであるが、日本語で常用される「竜頭蛇尾」という成語は、現代中国語ではめったに使わない。代わりに“虎头蛇尾”を使う。
〇今年2016年は「竜」も「虎」もふるわない。まるで阿Qと小Dの取っ組み合いみたいな「竜虎の闘い」を見せられて、ドラゴンズファンの筆者は憮然(ぶぜん)としている。プロ野球の話です(笑)。(執筆者:上野惠司 編集担当:サーチナ編集部)(イメージ写真提供:123RF)