(233)“布鞋”

 阿Qが趙家に脱ぎ放しにしていった上着は若奥様がまもなく出産する予定の赤ん坊のおむつ用に、お余りのボロ切れは女中の呉媽(ウーマー)が貰い受けて靴底のするのですが、ここで中国式の布靴のことにちょっと触れておきましょう。

 もう見かけることも少なくなってしまいましたが、わたくしが北京に滞在した1970年代のおしまいごろは、まだこの布靴“布鞋”(bu4xie2)を履いている人がおおぜいいました。わたくしも何足か履いてみましたが、形は紐無しの運動靴に似ていて、底は布製のものとゴムや合成樹脂を使用したものとがありました。布製の方が本格的で、値段も少し高かったように記憶しています。

(234)“纳鞋底子”

 もちろん街で売っているものは工場で大量に生産される物ですが、時に手製の凝ったのを履いている人に出会うこともありました。

 布靴を作るうえでいちばん工夫の要るのは、固い丈夫な靴底を縫うことです。布を何枚も重ね合せて畳屋が使うような太い針で刺し縫いします。この作業のことを“纳鞋底子”と言います。地方によっては単に“纳鞋”、或いは“纳底子”とも言うようです。“纳”(na4)は“衲”とも書きます。

 革命戦争を舞台にした小説や映画の中で、この布鞋を縫って出征する夫や恋人に贈る場面がよく出てきますが、靴が縫えるというのは、往時の女性のたしなみであったのでしょう。

(235)“讨饶”

 余談ですが、敗戦時の混乱の時期に、引き揚げる日本人が二束三文で売り払ったり食料に換えたりした衣服の類は、たいていが靴底に化けてしまったという話を聞いたことがあります。そうですよね、東北のお百姓さんがモーニングを着るなんてことはありませんから。

 ついでに阿Qがお詫びに持っていくことになったろうそくのことにも触れておきましょう。こちらは魯迅の実弟・周作人さんの《鲁迅小说里的人物》からの受け売りです。

 隣組の組長というか土地の顔役といった存在の「地保」にとりなしてもらって謝罪に行くことを“讨饶”というそうですが、この時に持って行く最も一般的な品物はろうそくであったとのことです。“红烛”とあるのは吉事用で、凶事用の“白烛”と区別したものでしょう。

(236)“斤通”“半通”“门宵”“三拜蜡烛”

 原文には“明天用红烛――要一斤重的――一对、香一封、到赵府上去赔罪”とありますが、これでは重さ一斤のろうそくを一対、すなわち二本ということになりますが、周作人さんの解説では二本で一斤とのことのようです。

 このろうそくのことを“斤通”と称しますが、一晩ともすことができるところからの命名でしょう。さらに“半通”というのがあって、こちらは半夜。その下は四両、二両で(当時の一斤は八両)、こちらは“门宵”と称し、宵の口だけ。もっと小さいのは“三拜蜡烛”で、三遍拝む間に消えてしまうということでしょうか。

 通常の謝罪には“半通”を使ったそうですから、小説中に一斤のものとあるのは戯画化を狙った誇張でしょう。(執筆者:上野惠司 編集担当:大平祥雲)(イメージ写真提供:123RF)