(229)“毡帽”チロリアンハット風のフェルト帽

 阿Qが酒手四百文のかたとして地保に差し出した“毡帽”について少し触れておきましょう。“毡帽”は文字通り「フェルト製の帽子」で時代や地方によって色や形状はさまざまであるが、阿Qが、というよりも紹興の労働者一般がかぶっている“毡帽”は、かなり特殊である。魯迅は他の箇所で、阿Qにかぶらせた“毡帽”について、こう説明している。

  这是一种黑色的、半圆形的东西、将那帽边翻起一寸多、戴在头上的。

 “戴在头上的”(頭にかぶる)は言わずもがなとして、色は黒で、形は半円形、一寸余りのつばは横へ張らずに上へ折り返しになっているという。登山家のかぶるチロリアンハットから飾り物の羽根や紐を取り去ったシンプルな形を想像していただくとよいかもしれない。

(230)紹興労働者のトレードマーク

 『阿Q正伝』に限らず、『孔乙己』ほかいくつかの魯迅の作品が映画やドラマに仕立てられているが、そこに出てくる労働者はみなこのフェルト帽をかぶっている。 わたくしが紹興を訪れたのはかれこれ40年の昔であるが、田園風景のまだ残っていた郊外では、実際にこの帽子をかぶって鍬をふるっているお百姓さんを目にすることができた。立ち寄った土産物屋にもこの帽子が並んでいたので、『孔乙己』の冒頭に出てくる例の茴(ホイ)香(シアン)豆(ドウ)(ういきょうまめ)と一緒に買って帰ったのを覚えている。帽子は今も書斎の片隅にある。茴香豆のほうはとっくに胃の腑に納まって、もうない。

(231)不准踏进赵府的门槛
 さて、阿Qが地保から押し付けられた五つの条件とは、こうである。

 一、明日、重さ一斤の“红烛”(赤いろうそく)一対(つい)と香(こう)一封を持って趙家へ謝罪に行くこと。
 二、趙家では道士を招いてお払いをするが、費用は阿Qが負担すること。
 三、阿Qは今後絶対に趙家の敷居をまたがぬこと。
 四、呉媽(ウーマー)に今後何かあれば、すべて阿Qが責任をとること。
 五、阿Qは賃金と上着をもらいに行ってはならぬこと。

 むろん、阿Qはすべて承諾した。

(232)ボロ上着はおむつと靴底に

 五つの条件をすべて承諾した阿Qであるが、残念ながら金がない。幸いにしてもう春であるので、布団はなくてもすむので、それを二千文で質入れし、とりきめを履行した。

 “赤膊磕头”上半身裸のまま額を地につけて謝罪したあと、銭がいくらか残ったが、もう帽子を請け出さずに、みんな飲んでしまった。

 一方、趙家のほうも、香をたいたり蝋燭(ろうそく)をともしたりはせず、大奥様が仏を拝む時の用にとっておいた。あのボロ上着は、半分以上が若奥様が八月に産む赤ん坊のおむつに、残った半分以下のぼろは、呉媽の靴底になった。 最後のお余りが呉媽に払い下げられ、呉媽はボロ切れを重ねて縫い合わせて中国式の靴底にしたのである。(執筆者:上野惠司 編集担当:大平祥雲)(イメージ写真提供:123RF)