(221)你反了

 呉媽(ウーマー) が悲鳴をあげて表へ飛び出してしまったあと,阿Qはしばらくの間ぽかんとしていたが,やがてゆっくりと立ち上がり,ちょっとまずかったかなと思いながら,キセルを腰帯にはさんで米つきにかかろうとした。と,
  蓬的一声,头上着了很粗的一下,他急忙回转身去,那秀才便拿了一支大竹杠站在他面前。(バンと音がして,頭になにやら太いもので一撃を受けた。あわてて振り返ると,かの秀才が大きな竹の天秤棒を手に彼の前に立っていた。)

 “你反了,・・・你这・・・”(貴様,よくもふといことを,・・・この・・・)

 “反”は“造反”の“反”,むほんをおこすこと。

(222)忘八蛋
 竹の天秤棒がまたも真正面から振り落とされた。阿Qが両手で頭を抱えると,パンと音がして,こんどはちょうど指の関節に当たった。これは非常に痛かった。阿Qは台所から飛び出そうとしたが,この時またも背中に一撃をくらったような気がした。

 “忘八蛋!”秀才在后面用了官话这样骂。(「恥知らず!」秀才は背後から役人ことばで,こうどなった。)

 “忘八”は“王八”とも。すっぽん,或いは亀の俗称。その“蛋”(たまご)ということで,すっぽんか亀以下の見下げたやつ,つまり「恥知らず」くらいの意の罵(ののし)りことば。“官话”は役人ことば,つまり公用語,標準語。

(223)“官话”――お偉方しか使わないことば

 阿Q奔入舂米场,一个人站着,还觉得指头痛,还记得“忘八蛋”,因为这话是未庄的乡下人从来不用,专是见过官府的阔人用的,所以格外怕,而印象也格外深。(阿Qは米つき場に駆け込んで,ひとり突っ立っていたが,まだ指は痛み,“忘八蛋”という語もまだ耳に残っていた。なぜならこんなことばは未荘(ウェイチュアン)の田舎者は使ったことがなく,お役所に出入りしたことのあるお偉方しか使わなかったからである。それだけに特別に恐ろしかったし,印象もとりわけに深かったのである。)
  但这时,他那“女・・・”的思想也没有了。(しかしこの時にはもう,彼の「女・・・」という考えも消え失せていた。)

(224)事件の第二幕の始まり

 天秤棒で殴られ,恐ろしい役人ことばで罵られた阿Qは,「女・・・」の考えも消え失せて,もう事件は終結したものと思って,さっぱりした気分で米つきにとりかかった。

 しばらく米をついて,暑くなったので,手を休めて上着を脱いでいると,外の方がたいへん騒がしい。騒ぎが好きな阿Qが声のする方へ近づいていくと,やがて趙の屋敷の中庭まで来てしまった。夕闇の中に何人かの顔が見える。例の二日も食事をしていない奥様,隣家の鄒七嫂(ツォウチーサオ),一族の趙白眼(チャオパイイエン),趙司晨(チャオスーチェン)・・・。

 そこへ若奥様が呉媽の手を引いて女中部屋から現れた。事件はまだ終結していなかったのだ。(執筆者:上野惠司 編集担当:大平祥雲)(イメージ写真提供:123RF)