(209)“飘飘然”起来了
 宴席で両隣を女性に挟まれたとします。この時,浮かれてうっかり「両手に花だ」などと口を滑らせてはいけないのだそうです。女性を花扱いするのはセクハラに属するとか。窮屈な世の中になりましたね。
 中国で,或いは中国語を解する人ばかりの席で,同様の「好運」に恵まれたとします。わたくしが照れ隠しにちょっとおどけて,“我有点儿‘飘飘然’起来了”だと言ったとしても,誰もセクハラだなどと騒ぎ立てたりはしません。むしろ,この一言によって,座はなごむことでしょう。
 『阿Q正伝』に出てくる“飘飘然”は多少とも本を読んだ中国人なら,誰でも知っていることばです。

(210)“君子动口不动手”
 前回,本来まじめな人間で「男女の別」についてこれまですこぶる厳格であった阿Qが「而立(じりつ)」に近い年になって若い尼僧のために“飘飘然”ふわふわになってしまったと紹介しましたが,この尼僧との遭遇をもう少し見ておきましょう。
 尼僧との遭遇の前に阿Qは二度大きな屈辱を味わっている。一度は同じルンペン仲間の王鬍(ワンフー)(ひげの王(ワン))とけんかをして負けたことである。けんかの原因はと言えば,自分よりも王(ワン)の方が威勢よくシラミを噛みつぶしていたから。このけんかの最中に負けそうになった阿Qが,例の“君子动口不动手”(君子は口は出すが手は出さず)を発するが,相手は君子ではないらしく,さんざん殴られる。

(211)“哭丧棒”
 もう一度の屈辱事件は村の有力者銭(チエン)の旦那の長男“假洋鬼子”(にせ毛唐)にニス塗りのステッキ,阿Qの言う“哭丧棒”(喪い棒)で殴られたことである。
 この男,先に城内へ行って洋式学校に入ったが,どういうわけか,さらに日本へ行ってしまった。半年たって帰ってくると,足もまっすぐになって西洋人のような歩き方をするし,辮髪もなくなっていた。そのため母親は十何回も泣きわめいたし,女房は三回も井戸に跳び込んだ。阿Qは軽蔑して,彼を“假洋鬼子”と呼び,また,“里通外国人”(毛唐の手先)とも呼んで,出会うと腹中痛罵した。
    阿Q 尤其“深恶而痛绝之”的,是他的一条假辫子。辫子而至于假,就是没有了做人的资格;他的老婆不跳第四回井,也不是好女人。

(212)“深恶而痛绝之”
 “深恶而痛绝之”はひどく忌み嫌う意。縮めて四字成語“深恶痛绝”(shen1 wu4 tong4 jue2)として常用される。かつらの辮髪をつけているのがけしからん。辮髪がかつらときては,人間としての資格なしだ。それに,やつの女房が四度目の身投げをしないのは,ろくでもない女の証拠だ。
 「坊主あたま,ロバの・・・」むしゃくしゃしていた阿Qは,つい口に出してののしってしまった。パン,パンパン。とたんに喪い棒の洗礼を浴びるに至ったのである。
 そんなところへ向こうから静修庵の若い尼さんがやってきた。阿Qはこう思った。
  “我不知道我今天为什么这样晦气,原来就因为见了你!”(きょうはどうしてこんなに運が悪いのかと思っていたら,おまえに会ったせいだな。)
(執筆者:上野惠司 編集担当:大平祥雲)(イメージ写真提供:123RF)