日本語と中国語(501)

(193)80年の暮れに歌っていたのは誰?
先に,「(2年間の)北京滞在のおしまい近くになって,1980年の暮れ頃であったか,“何日君再来”を耳にするようになったが,それが鄧麗君のものであったかどうか記憶が怪しい」と書いたところ,早速,中国の芸能事情に詳しい某君が,「テレサ・テンが“何日君再来”をレコーディングしたのは1993年のはずです」と教えてくれた。
では80年の暮れにわたくしが聞いたのは誰が歌っていたのだろうか,それとも空耳(そらみみ)かなあとのつぶやきには,例の映画『孤島天堂』の挿入歌かな,もっとも渡辺はま子も歌ってるし,李香蘭も歌ってるけど,との答えが返ってきた。
「例の」と言われても,映画とは無縁の活字人間のわたくしには,少しも「例の」ではない。

(194)挿入歌“何日君再来”はラブソング
 物の本によると,映画『孤島天堂』は蔡楚生監督,藜(リー・)莉(リ)莉(リ)主演で,1939年に製作されている。なんと1939年はわたくしの生まれた年である。言うまでもなく,中国は抗日戦争の真っ最中である。藜莉莉演じる酒場の踊り子は,自らが日本軍スパイから得た情報を思いを寄せる青年のいる抗日軍にもたらし,軍はその情報をもとに行動を開始。作戦はみごとに成功し,青年の属する軍は次の任地へと移動していく。
 従って,挿入歌“何日君再来”は去っていく青年との名残を惜しんだラブソングとして理解するのが自然であろう。

(195)主演女優が歌った,人気歌手が歌った
 観てもいないのだから断言はできないが,映画『孤島天堂』は多分に甘いメロドラマ的な感じがする。その人気ドラマの挿入歌を主演女優の藜莉莉が後にレコードを出し,またもう一人の人気歌手の周(チョウ)璇(シュアン)もこれを歌ったために流行したらしい。
歌い出しの“好花不常开,好景不常在”は,文字どおりには「好(よ)き花は常には咲かず,好(よ)き景(けしき)は常にはあらず」だが,言うまでもなく,楽しい時はいつまでも続くものではない,逢うは別れの始め,つまり人生には別れがつきもの,「サヨナラ」ダケガ人生ダ,と歌っているのである。
だとすれば,続く“今宵离别后,何日君再来”も,すなおに「今宵(こよい)別れてのち,いつの日か君また帰る」と,別離を恨んだものと解するべきであろう。

(196)“君”は“军”――政治の浪に翻弄されたラブソング
ところが,このありふれた恋の文句が思いがけない波紋を投じ,物議をかもすことになった。“何日君再来”の“君”が“军”に通じると言うのである。確かに中国語では“君”も“军”も共にjun1で,同じ発音である。
最初にケチをつけたのは占領中の日本軍である。移動して行った抗日軍がいつの日かまた戻って来てくれることを祈った歌であって,はなはだもってケシカランというのである。
さらには戦後の台湾でこの歌が流行した時。進駐してきた国民党軍が,“何日君(=军)再来”とは日本統治時代を懐かしんで,追い払われた日本軍がもう一度舞い戻ってくることを願った歌であると難癖をつけた。(執筆者:上野惠司 編集担当:大平祥雲)(イメージ写真提供:123RF)