日本語と中国語(498)

(181)花発(ひら)けば風雨多し
先の井伏訳の于武陵『勧酒』の原詩を教えてほしいとのことなので,次に示します。

 勸君金屈巵,  君(きみ)に勧(すす)む 金(きん)屈(くつ)巵(し),
 滿酌不須辭。  満酌(まんしゃく) 辞(じ)するを須(もち)いず。
 花發多風雨,  花(はな)発(ひら)けば 風(ふう)雨(う)多(おお)し,
 人生足別離。  人生(じんせい) 別離(べつり)足(た)る。

「金屈巵」は黄金製の把っ手のついた酒杯。「不須辭」は辞する必要はない,辞退しないでくれ。「足別離」は別離が多くある,別離がつきものだ。

(182)ren2sheng1 zu2 bie2li2
簡体字とピンインも示しておきます。

 劝酒  于武陵 Quan4 jiu3 Yu2 Wu3ling2
 劝君金屈卮,  Quan4 jun1 jin1 qu1 zhi1,
 满酌不须辞。  man3 zhuo2 bu4 xu1 c2.
 花发多风雨,  Hua1 fa1 duo1 feng1 yu3,
 人生足别离。  ren2 sheng1 zu2 bie2 li2.

漢詩を鑑賞するに当たって,これをいわゆる漢文訓読式に読むのがよいか,現代中国語音で読むのがよいかは,意見が分かれるところであろう。

(183)訓読?直読?――わたくしは鵺(ぬえ)
わたくし自身は初め訓読法で中国の詩や文章に接し,かなりのめり込んだ後,思うところあって中国語の勉強を始めた。当然,現代中国語や少々時代を遡っても『水滸伝』や『紅楼夢』のような口語をベースにして書かれた作品は中国語で読む。『論語』や唐詩のような古典は,一応音読を心がけてはいるが,行き詰まるとついつい訓読に走ってしまう。時にこれではよくないと反省はするが,一度染みついた癖はなかなか抜けそうにない。伝統的な訓読法がよいか,中国語音による直読法がよいかの議論に,いま深入りするつもりはないがわたくし自身は,どちらで読んだほうがよくわかるかの問題ではなく,外国文化に接する姿勢としてできる限りその国の人が読むように読むのがよい,と考えている。

(184)人生別離足る
 于武陵という詩人を,わたくしはよく知らない。多少の伝記的事実や作品のいくつかは専門家にはわかっているのであろうが,わたくしは『唐詩選』に収める上の五言絶句1篇を知るのみである。宣宗の大中年間の進士というから,9世紀中葉,文学史でいうところの晩唐の人ということになる。
  人生足別離  人生別離足る  「サヨナラ」ダケガ人生ダ
 いずれもよい。詩人が人生を詠んだ句では,なんと言っても杜甫の『曲江』詩中の
  人生七十古来稀  ren2sheng1 qi1shi2 gu3lai2 xi1  人生七十古来稀(まれ)なり
だろうが,于武陵の「人生別離足る」も捨てがたい。もう一度,「サヨナラ」ダケガ人生ダ。(執筆者:上野惠司 編集担当:大平祥雲)(イメージ写真提供:123RF)