日本語と中国語(497)

(177)春眠暁を覚えず
 蘇軾の「春宵一刻値千金」と同じくらい,或いはこの句以上によく知られているのが盛唐の詩人孟(もう)浩然(こうねん)の「春暁(しゅんぎょう)」詩の起句「春眠(しゅんみん)暁(あかつき)を覚(おぼ)えず」であろう。どなたもご存じかと思いますが,念のために掲げておきましょう。
  春眠不覺曉,  春眠(しゅんみん)暁(あかつき)を覚(おぼ)えず,
  處處聞啼鳥。  処処(しょしょ) 啼(てい)鳥(ちょう)を聞く(きく)。
  夜來風雨聲,  夜来(やらい) 風雨(ふうう)の声(こえ),
  花落知多少。  花(はな)落(お)つること 知(し)りぬ多(た)少(しょう)ぞ。

(178)絶句は第一,第二,第四句の末尾字が押韻
 こちらも簡体字とピンインを記しておきます。言い落しましたが,先の「春夜」の詩も,この「春暁」詩も起承転結の四句のうち,起承結すなわち第一,第二,第四句の末尾の字が,前者が-inと-enで,後者が-aoで韻を踏んでいることが,ピンイン表記を見るとよくわかりますね。
  春晓 孟浩然 Chun1xiao3  Meng4 Hao4ran2
  春眠不觉晓, Chun1 mian2 bu4 jue2 xiao3
  处处闻啼鸟。 Chun4 chun4 wen2  ti2 niao3。
  夜来风雨声, Ye4 lai2 feng1 yu3 sheng1,
  花落知多少。 Hua1 luo4 zhi1 duo1 shao3。

(179)絶品,井伏鱒二の訳詩
 上の詩を井伏鱒二はこんなふうに訳しています。
  ハルノネザメノウツツデ聞ケバ
  トリノナクネデ目ガサメマシタ
  ヨルノアラシニ雨マジリ
  散ツタ木ノハナイカホドバカリ
 井伏は,今は知りませんが,或いは今も,たいていの国語教科書に出てくる『山椒魚』の作者です。1898-1993。郷里の広島に投下された原爆の悲劇を克明に描いた『黒い雨』もいいが,わたくしはどちらかと言えば,『本日休診』や『駅前旅館』のような軽い筆致の喜劇風の作品が好きです。

(180)ハナニアラシノタトヘモアルゾ
 原詩は省略しますが,井伏はまた唐の于(う)武(ぶ)陵(りょう)の『勧酒』(酒を勧(すす)む)という五言絶句を,
  コノサカズキヲ受ケテクレ
  ドウゾナミナミツガシテオクレ
  ハナニアラシノタトヘモアルゾ
  「サヨナラ」ダケガ人生ダ
と訳しています。後半の2行,井伏の名は知らなくても,聞き覚えのある人も多いかと思います。
  春の夜や いやですだめです いけません
 こんな戯(ざ)れ句(く)もあります。解説は不要でしょう。(執筆者:上野惠司 編集担当:大平祥雲)(イメージ写真提供:123RF)