日本語と中国語(496)

(173)“春雨贵如油”

夏至の頃の雨は確かに「値(あたい)千金」ですが,それ以上にありがたいのが春の雨。
〇“春雨贵如油” chun1yu3 gui4 ru2 you2
華北一帯では農事にとってもっとも大切な春の種まきの時期に雨が降らず,日照りが続くことが多いようです。ですから,春の雨は油と同じくらい貴重であるというのです。“贵如油”は“贵似油”(gui4 si4 you2)とも。
〇“春不种,秋不收” chun1 bu4 zhong4,qiu1 bu4 shou1
当たり前のことですが,春に種をまかなければ,秋の収穫は望めません。蒔(ま)かぬ種は生えぬ。努力しないで好い結果は得られない。

(174)元祖「値千金」

 春宵一刻値千金, 春(しゅん)宵(しょう)一(いっ)刻(こく)値(あたい)千(せん)金(きん),
 花有淸香月有陰。 花(はな)に清(せい)香(こう)有(あ)り 月(つき)に陰(かげ)有(あ)り。
 歌管樓臺聲細細, 歌管(かかん) 楼台(ろうだい) 声(こえ)細細(さいさい),
 鞦韆院落夜沈沈。 鞦韆(しゅうせん) 院落(いんらく) 夜(よる)沈沈(ちんちん)。
ご存じ東坡(とうば)の号で知られる北宋の蘇軾(そしょく)の「春夜」詩です。ここにも「値千金」が出てきました。元祖「値千金」といったところでしょうか。
別に難しい詩ではありません。後半の二句は歌や管弦でにぎわっていた楼台も次第に静まりはじめ,中庭のぶらんこも乗る人がなく,夜はしんしんとふけていく,くらいの意味でしょう。

(175)蘇軾の詩句が起源?

 ついでに,上の詩の簡体字と拼音(ピンイン)も記しておきましょう。題名の“春夜”はChun1ye4,作者の“苏轼”はSu1 sh11,号の“东坡”はDōngpōです。
  春宵一刻值千金, Chun1 xiao1 y1 ke4 zhi2 qian1 jin1,
  花有清香月有阴。 hua1 you3 qing1 xiang1 yu4 you3 yin2.
  歌管楼台声细细, Ge1 guan1 lou2 tai2 sheng1 xi4 xi4,
  秋千院落夜沉沉。 qiu1 qian1 yuan4 luo4 ye4 chen2 chen2.
ところで,上にこの詩が「値千金」の元祖かと記しましたが,或いは「春宵一刻値千金」またはこれに類したことわざ的なものがあって,それを蘇東坡が詩中に取り込んだとも考えられそうです。

(176)誰にとって「値千金」?
 蘇東坡の詩句が起源かどうかはともかく,「春宵一刻値千金」は今日もことわざ的によく使われているようです。
 近刊の温端政主編《俗语大词典》(商務印書館,2015年6月)も,この句を諺語として収めています。その解説が面白いので,原文を引いておきましょう。
  指男女欢会或新婚之夜十分宝贵,不可虚度。
 逢引(あいびき)中の男女や新婚夫婦にとって春の宵(よい)はまさに値千金,無駄に,無為にと言うべきか(笑),“不可虚度”為すこと無く過ごすことを戒めているというのです。