拝金主義の傾向があり、しばしば他人のアイデアや製品の模倣に走って儲けを出す、市場のパイを食いつくして共倒れを起こす・・・といったイメージを抱きがちな中国の商業界について、中国国内の経済ライター・呉暁波氏による興味深い分析記事が、中国メディア・新華網で9月30日掲載された。

 呉氏といえば、今年初めに「中国人技術者が『われわれに日本の炊飯器は作れない』と語った」など、温水洗浄便座や炊飯器など日本の家電製品を称賛する文章を発表し、中国国内で大きな議論を呼んだ人物だ。

 そんな呉氏が、商業界の発展には独立した「商道徳」が不可欠であるにもかかわらず、中国国内には「商道徳」が存在しないとして、その原因を論じた。まず挙げたのは、孔子や孟子を筆頭とする秦代以前の諸思想家が商工業について触れることが極めて少なく、漢の武帝期に儒学が官学化されて以降、歴代の儒家は経済政策に足を突っ込まなかった点だ。

 2点目には、秦による統一以降、長期にわたって繰り返された中央集権の統治モデルによる影響を挙げた。すなわち強力な中央集権体制が存在する時期には特色ある商工文明が栄えるが、中央集権が弱まって地方勢力が台頭しだすと、商工文明は崩壊した。こうして歴代王朝が盛衰を繰り返すたびに「商工経済は犠牲品、埋葬品とされてきたのだ」と論じた。

 3点目として、「商道徳」を構築しようとするなかで「工業文明を前提として商人自らが『商道徳』について論じる状況が、これまで1度も起きなかった」ことを指摘。彼らは農耕文明に戻って「商道徳」を探そうとしたが結局徒労に終わり、現在に至るまで「独特な国家統治モデルにおいて、商人が独立した工商運営体制を作り上げることができていない」とし、企業経営者自身のアイデンティティが「非常にぜい弱な状態である」と指摘した。

 そして、改革開放開始から30年あまりで民間の企業経営者は一定のアイデンティティを持つようになったことは「中国の現代化において重大事件の1つ」と評価する一方で、「自分は何者で、どこから来たのか。自分は社会に対してどういう意味を持っているのか」という「商道徳」の核心を突く疑問に対して、なおも答えが得られていない状態であると指摘。「これはやはり危険だ」と締めくくった。

 呉氏が提起した問題は、まさに企業の社会的責任(CSR)と密接に関わるものだ。呉氏は文章の中で、かつての中国では「子孫に商人をさせないこと」が商人最大の理想だったという話にも言及、その背景には商人が統治者や知識人から蔑まれていたことがあるとも論じた。単になりふり構わず自らのためにカネ儲けをしていては結局周囲から蔑まれることになる。彼らが商人という職業に誇りを持ち、強いアイデンティティ意識を萌芽する、やはりその目を社会貢献に注がせることが必要なのだ。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)