日本人は「馬鹿」と言われれば、たいていはムッとするだろう。しかし違った。作者は、日本人は「馬鹿正直」、「馬鹿丁寧」な行動を貫いて、「馬鹿でも暮らしやすい社会」を築いたと指摘。一方の中国は、「小賢しく立ち振る舞わねばやっていけない社会」と論じた。

 大手ポータルサイトの捜狐が3月30日に掲載した。筆者は、日本を旅行したという。新幹線では自由席を利用した。隣の指定席車両を見ると、空席が多い。中国ならば、「それっ」とばかりに、多くの人が指定席に座りこんでしまうはずだ。筆者は空いた席に行かない日本人を「“馬鹿”と言えませんか」と論じた。

 新幹線にかぎらず長距離列車に乗った際、日本人は自分の荷物を席に置いたままトイレに立つ。周囲の人を信じているとして、筆者は「まるで馬鹿」と論じた。

 中国人は違うという。「利口」だ。規則の制約を受けるのは「自分以外の人」と決めつける。自分に都合がよいやり方があれば、そちらを優先する。規則はたちまち「無力化」する。したがって、社会全体に「信頼」が生まれることはない。人々は永遠に、疲れ果てて暮らすことになる。

 筆者は日本語ができず、列車利用などでは苦労した。乗車券購入の際、JRの職員は3日後に利用する列車が出発するホームまで案内してくれた。乗り換え駅でも迷った。駅員は見当たらなかった。見ると、そばに喫煙室があった。中に若い女性がいた。派手な服を着て化粧を決めて、煙をふかしていた。

 筆者は思い切って喫煙室に入った。女性に話しかけた。列車の乗り場が分からずに困っていることが、女性に伝わった。その女性はただちにたばこをもみ消して、筆者を喫煙室の外に連れ出した。そして、身振り手振りで、少し離れたホームから出ると教えてくれた。

 彼女は、筆者が利用する列車の出るホームまで案内してくれた。発車時刻までわずかしかなかった。地下道からホームに出る階段では驚いたことに、彼女は筆者が大きな荷物を持ち上げるのを手伝ってくれた。

 筆者によると、親切にしてくれたお礼を言いたいと言葉を探しているうちに、日本人はそそくさと立ち去ってしまうことが多い。そこで筆者は立ち去る日本人に対して、後ろから深々と頭をさげることにした。JR職員に対しても、列車の乗り場を案内してくれた女性にも後ろから頭を下げたという。

 筆者は、「馬鹿に徹する日本文化」は、「崇高な精神の具体化」と結論した。規則を重んじ、他人を尊重するからこそ、自分の目先の利益だけを求めることをしない。結果として、中国人の目から見れば「馬鹿のようにふるまう」ことになると主張。筆者は日本人のやり方から得た印象として、他人を尊重し大切にすることで「自分の目の前に、世界は生き生きとした姿を示してくれる」と論じた。(編集担当:如月隼人)(写真は捜狐の同論説掲載頁のキャプチャー)