新華社系メディアの新華網はこのほど「中国人驚愕、中国の十大国宝が日本に隠れていた」と題する記事を発表した。ただし「返還要求」をするのではなく、「日本は隋唐の時代以来、中国を文化の母国とみなし、虚心に学んで各種の芸術品を輸入した」結果として、日本人が中国の文化財を極めて重視してきたことを強調した。

 近代以降については「列強の侵入にともない、中国の文化財が大量に海外に流失した。中国の宝物を最も多く手に入れたのは、やはり中国文化に深く通じる日本人だった」と論じた。ただし、文化財流失の原因を「列強の侵入」として、「略奪」などの書き方は避けた。「返却すべきだ」との主張もしなかった。

 日本にある「中国の十大国宝」の筆頭に挙げたのは、後漢時代の西暦57年に作られた「漢委奴国王金印」だ。中国に記録はあるが実物は行方が分からなかったと紹介し、発見の経緯としては「1784年に九州の福岡で、秀治と喜平という農民2人が耕作中に見つけた」と説明した。

 記事は日本で保管されていた中国産の文化財として、550年に書かれた「菩薩処胎経」、正倉院の「4弦の琵琶・5弦の琵琶」、南宋時代の「曜変天目茶碗」、南宋時代の山水画である「瀟湘臥遊図」、王羲之の書を唐代に模した「喪乱貼」なども加え、計10点を挙げた。

 ほとんどの作品について、日本にもたらされた時代を「古代」とした。「瀟湘臥遊図」については、「清末に、日本の収集家である菊池惺堂氏の所有となった」と紹介した上で、「1923年の関東大震災で菊池家の蔵は火災に見舞われた。老人(菊池氏)は命の危険を顧みず、蔵の中から貴重な『瀟湘臥遊図』と『寒食帖』を救い出した(中略)現在、『寒食帖』は台北の故宮博物院の宝である」と紹介した。

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◆解説◆
 中国でも、海外に流失した自国の文化財に対する返還要求運動が発生する場合がある。日本絡みでは中国の民間団体が皇室に対して、皇居に保管されている「唐鴻臚井刻石」の返還を要求した。要求の根拠としては、日本軍が「日露戦争の戦利品」として日本に運び、皇室に献呈したことを「不当に奪った」とした。

 中国の場合、「流失の経緯がはっきりしており、しかも不当な手段で国外に持ち去られた」と認識した場合に流失文化財の返還要求が本格化する特徴がある。新華網の上記記事は、「日本は長い歴史を通じて、中国文化を虚心に学んだ」、「命を賭して、中国由来の文化財を守ろうとした日本人がいた」と強調しており、反日感情が高まるきっかけとならないよう配慮した可能性がある。(編集担当:如月隼人)(写真は上記記事の掲載頁キャプチャー)