中国大陸メディアの環球網は4日付で、台湾・台北市の柯文哲市長が腐敗撲滅の問題で、国民党に勝利した共産党や当時の毛沢東に学ぶことを、繰り返し主張していると報じた。

 柯市長は外科医として台湾大学医学部教授などの要職を歴任した経歴がある。1994年の台北市長選では当選した民進党の陳水扁候補を応援。その後も民進党支持を続けたが入党はしていない。2014年11月29日の台北市長選挙で、国民党の連勝文候補を破って当選した。

 市長選の約1カ月前に柯氏は「透明廉政公約」を発表した。内容は、年に1回の市長の資産および由来と変化の公開や選挙民による市政府幹部の行動の監視と審査、職員採用の透明化などだった。

 記事によると、柯市長は市長選の1年半ほど前から、過去の共産党について「師とせねばならない。共産党がいかにして、小さな存在を大発展させ、国民党に攻め込んで勝利したかを学ばねばならない」と、非公開の場で主張していたという。

 柯市長は毛沢東が打ち出した「両箇必務(2つの必務)」を引用したともいう。「両箇必務」とは毛沢東が、国民党との内戦の勝利をほぼ確定的にしていた1949年3月に開催した共産党の会議での発言による。共産党にとって全国の政権担当は試練として「謙虚で慎み深く、おごらず浮かれないやり方を堅持すること」、「苦難に耐え奮闘するやり方を継続すること」の2つを「必務」とした。

 柯市長はこれまで、20回近く大陸を訪問したことがあり、「中国共産党は13億人を食べさせてている。これは大変な成果だ」と述べたことがあるという。また、北京や四川省で、中国共産党の指定する「革命烈士」の墓を訪れたこともあるという。

**********

◆解説◆
 柯文哲台北市長は、台湾の政財界や官界でも腐敗現象が存在すると厳しく認識し、「かつての共産党に学べ」と主張したと見られる。実際には中国共産党でも、結党後5年の1926年に「腐敗分子が出現している」として、「腐敗分子を洗い出す通告」を出した。1933年には、物資の調達に絡んで不正があったとして、関係者に対する死刑を執行した。

 しかし、国民党の腐敗は「けた違い」だった。国共内戦で国民党が敗北したのも、腐敗と堕落、さらに結果としての経済の混乱で都市部住人の支持を失い、支持層である地主階級の利益のために小作料の制限もしなかったため、農民層も共産党を支持するようになったからとされる。

 台湾でも1947年2月28日に戦前からの台湾住民による国民党への武装蜂起が発生した(2.28事件)。国民党の腐敗と堕落、さらに共産党との内戦のための「戦費調達先」として台湾を利用したために、台湾経済が大混乱したことが理由だったという。

**********

 柯文哲台北市長は1959年、台湾の新竹市で生まれた。祖父の柯世元氏は18995年生まれで、日本統治下で学校教師や教育行政の官僚を務めた。1947年に2.28事件が発生すると、柯世元氏は軍側に監禁され暴行を受けた。約1カ月後に家に帰されたが、健康は回復せず3年後に死去した。54歳だった。

 柯市長の父の柯承発氏は1933年生まれで、台湾大学医学部に合格したが、父親が病床に伏しており家計が困難だったので、別の師範大学に入学し卒業後は小学校教師にを30年間以上つとめた。

 その後、幼少時から習って堪能な日本語の能力を生かし、日本企業の顧問などをして、家計はようやく「困難を脱した」という。

 11月の台北市長選で国民党陣営は柯候補の祖父が日本統治時代に官僚だったとして、「旧日本人と新台北人の戦い」、「日本人官僚は男尊女卑だ。女性を重視せねばならない台北市には似合わない」などと露骨な個人攻撃もした。

 しかし、柯市長の祖父である柯世元氏の死のきっかけになった2.28事件では、2万8000人の台湾人が殺害・処刑された。日本統治下で大学生なども含め社会的に一定の地位を得ていただけで、弾圧の対象になりかねなかったという。

 台湾社会に今なお、悲惨な記憶が強く残る弾圧に手を染めた国民党陣営が、柯文哲氏の祖父について言及したことは、選挙戦術としても逆効果になった可能性がある。

**********

 記事は柯市長を「大陸をよく知る」として好意的に扱った。大陸メディアが台湾の民進党系政治家を肯定的に扱うことは珍しい。2016年の総統選では「国民党候補の敗北の可能性が高い」として、民進党との関係改善を模索する中国共産党の意向を反映している可能性がある。(編集担当:如月隼人)