内モンゴル自治区高級人民法院(高等裁判所)は15日午前、強姦殺人事件の犯人とされ1996年に死刑を執行されたホクジルト(フクジルト)について、証拠不十分だったとして無罪を宣言した。裁判所が「冤罪(えんざい)だったと認めたことになる。同裁判所の趙建平副院長(副所長)はホクジルトさんの遺族に「まことに申し訳なかった」と謝罪した。中国新聞社が報じた。

 ホクジルトさんは1996年4月9日に発生した、公衆トイレ内で女性が殺害された事件で、遺体の第1発見者だった。ホクジルトさんは同事件の容疑者とされ起訴された。約2カ月後の6月10日に死刑判決を言い渡され、刑は即日、執行された。「凶悪犯罪ほど速やかに決せよ」との政治キャンペーンが行われていたための“スピード判決・スピード執行”だった。

 2005年10月になり、別の連続強姦・強盗・殺人の疑いで逮捕された趙志紅容疑者が、警察の取り調べに対して再三にわたり、ホクジルトさんが犯人とされた事件について「自分がやった」と供述した。

 趙容疑者の供述には整合性があり、精神鑑定を行った警察の専門官2人も、96年の事件の犯人は趙容疑者だったとの考えを示した。専門官2人によると、警察もホクジルトさんは冤罪で処刑されたと認めた。

 冤罪の可能性が高まったにもかかわらず、再審がなかなか行われなかったことについて、内モンゴルの共産党関係者から、「『スピード逮捕・スピード処刑』で表彰された警察関係者もいる」、「その後も昇進して地位が高くなった者」との指摘が出た。

 同問題については2014年11月になって、改めてメディアが疑問の声を上げたなどで、インターネットでも盛んに取り上げられるようになった。内モンゴル高級法院は同月下旬、再審を決めた。

 ホクジルトさんの両親には多くのメディア関係者が取材を試みたが、「国にかかわることですし、私たちの家のことでもあります。かまわないでください」と、両親2人は口を閉ざし続けた。

 その後、一部記者が再審手続きの同意書にサインせねばならないことなどを教え、両親2人も徐々にメディアの取材などに応じるようになったという。

 ホクジルトさんの両親は、ホクジルトさんの兄一家と一緒に暮らしている。兄一家には、小学生の娘もある。一家は貧しいが、おだやかな生活を送っているという。

 ホクジルトさんは当時の政治キャンペーンの「犠牲」となり、誤った判決で処刑されたことになるが、ホクジルトさんの両親からは関係者を恨む言葉は聞かれない。ホクジルトさんの母親は、無罪宣告と高等裁判所副所長の謝罪の言葉を受け入れ、「何年もたってしまいましたが、初めて笑顔になれました」と述べた。

 ホクジルトさんの兄は、取材の記者に「(国や関係者に)なにか要求することはありますか?」と尋ねれれ、「警察も検察も、裁判所も、今後の案件処理では2度と、いい加減なことをしないでいただきたい。求めるのは、それだけです」と述べた。(編集担当:如月隼人)(イメージ写真提供:123RF)