中国共産党は20日に始まった第18期中央委員会第4回全体会議(18期四中全会)の最終日の23日、地位や職務を利用して不正を行っていたとして、6人の党籍剥奪を決めた。ただし、一連の腐敗摘発で「最大の大物」とされている中国共産党中央政治局の周永康前常務委員や、「軍首脳部も腐敗にメス」として注目された、中央軍事委員会の徐才厚前副主席については、発表がなかった。

 党籍剥奪が発表されたのは、以下の6人。( )内は経験した主要な職位・肩書。李東生(政府・公安部副部長)、蒋潔敏(中国石油集団董事長、国有資産監督管理委員会主任)、楊金山(中国人民解放軍成都軍区副指令)、王永春(中国石油天然気集団公司副総経理)、李春城(中国共産党四川省成都市委員会書記、成都市長)、万慶良(広東省広州市市長)。

 党籍を剥奪された6人のうち、李東生、蒋潔敏、王永春、李春城、万慶良の各氏は周永康前常務委員と密接な関係があったとされる。楊金山氏については、徐才厚前副主席とのつながりが指摘されているが、腐敗などで失脚した人物の内、「共産党内の最大の大物」とされる周前常務委員、「軍内部の最大の大物」とされる徐前副主席の名は示されなかった。

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◆解説◆
 理由は別にして、共産党の要人が失脚した場合、党籍を残せるかどうかは大きな意味を持つ。共産党では地位の上下に関係なく「同志」との呼称が用いられる。すなわち、すべての役職を解かれても「共産党員」との立場に踏みとどまっていれば、「共産党により中国をよりよき国にしていく同じ志を持っている」ということになる。党籍を剥奪されれば「もはや同志ではない」として「敵扱い」されることになる。

 例としてしばしば指摘されるのが、文化大革命児の劉少奇国家主席とトウ小平副首相だ(肩書はいずれも、失脚直前)。劉国家主席は党籍を剥奪された。その結果、重病であるにも関わらず、医療スタッフは治療をせず、執拗な暴行を受けたとされる。死去してから10年以上後の1980年に「除名処分の取り消し」という形で名誉回復が行われた。

 一方、トウ小平は毛沢東に自己批判の書簡を提出するなどで、党籍剥奪はまぬがれた。迫害は続いたが、極端な暴行を受けるなどは避けられ、「命ながらえることができた」ことが、後の復活につながった。

 23日に除名が発表された6人と、周永康前常務委員、徐才厚前副主席の扱いの違いについて、「手続きの進展状況による」などの説明は可能だが、「除名を求める意見」と「回避させたい立場」が衝突していると考えるのが自然だ。除名されなかった「大物2人」については、「首の皮一枚でつながっている」と評することができる。(編集担当:如月隼人)