香港メディアの鳳凰網などによると、仁川で開催されているアジア大会の競泳男子400メートルリレーで優勝した中国チームの孫楊選手が、接戦の末に日本チームに勝ったことについて、表彰式で「君が代」を聞くことにならなくてよかったとして「日本の国歌は嫌な曲ですからね」と述べた。中国のインターネットでは、賛否両論が寄せられた。

 孫選手は取材の記者の「日本を打ち破って、気分がよいですか」との質問に対して「気分がよいだけでなく、中国人にほっとしてもらったと思います。実際のところ、日本の国歌は嫌な曲ですからね」と述べた。

 孫選手の発言は、簡易投稿サイトの微博(ウェイボー、中国版ツイッター)でも紹介され、書き込みが相次いだ。批判の声としては「全国民が洗脳された、悪い結果」、「ライバル選手を尊重する最低限のこともできない」、「同じことを日本の選手が中国で言ったら、骨まで粉微塵にされるぞ」などがある。

 支持の書き込みとしては、「正しいことを言っている。スポーツ選手として決勝戦の時に、日本の国歌を聞かずにすむようにするのは、努力目標だ」といった意見が主流だ。

 孫選手の発言を「日本人に優勝をさらわれたくななかった」ことと解釈し、一定の理解を示した上で、「表現方法は、要するに頭がイカれている」と批判した書き込みもある。

「君が代」の歌詞に触れ、「天皇が千年も万年も権力を握るというのだから、本当に出土品みたいなもんだよ」、「歌詞はたしかに、ひどいもんだ」と、孫選手の発言からさらに踏み込んで、日本の国歌を批判する書き込みもある。

 孫選手の「君が代批判発言」を聞かされた入江陵介選手の反応を書き込みに貼りつけたユーザーもいる。報道文をコピー・ペーストしたと思われるが、入江選手は「どのような状況での発言か、分かりません」と孫選手を批判することは避け「孫選手が素晴らしい選手であることに、変わりはありません。私はこれからも、彼の友人です」と述べたという。

 投稿したユーザーは、中国人選手と日本人選手の「品格の差」を示し、孫選手と孫選手に同調する自国民を批判したと思われる。

**********

◆解説◆
 孫楊選手による「君が代」批判発言は、原文では「難聴(ナンティン)」。「難」の後に動詞を続ける言い方で「するのが難しい」、「しづらい」、「すると不快感を感じる」ことを意味する。「難聴」は「耳ざわり」、「聞く堪えない」ほどの強いニュアンスというよりも「聞くと嫌な感じになる」程度の表現だ。同様の表現に「難喫(食べるとよい味わいでない=まずい)」、「難看(見栄えが悪い)」などがある。

 孫楊選手が「君が代」を「難聴」と感じたとすれば、「君が代」のメロディーが耳慣れた西洋由来の旋律ではなく、雅楽の旋法(使用音の組み合わせによるメロディーの様式)を用いていることが原因と考えてよい。

 日本の雅楽はおおむね、唐時代の中国が(場合によっては朝鮮から)日本に伝えられた音楽だ(旋律など一部で日本化した部分もある)。日本の雅楽はもともとは、中国では燕楽などと呼ばれる、上流階級が楽しむ「サロン・ミュージック」のような音楽だった(古代中国の「雅楽」は儀式音楽であり、日本の「雅楽」とは異なる)。

 君が代には、雅楽の中でも「壱越調」という旋法が用いられている。西洋式の階名で言えば「レ」で終止するメロディーで、「ド」または「ラ」で終止する標準的な西洋音楽とは雰囲気がなかり違う。このため、雅楽などに疎くなった現代人の耳には、君が代のメロディーが奇妙に響いても不思議ではない。

 なお、「壱越調」をはじめとする雅楽の「旋法」は、中国の伝統音楽理論には見当たらない。そのため、唐代に流行した西域音楽の様式が、日本に持ち込まれ、日本では残ったが中国では忘れられてしまったとの見方がある。雅楽の流れを受け継ぐ「君が代」は、音楽面から見て、古くからアジア大陸の文化を吸収・消化し、場合によっては新たな工夫をつけ加え、自らの文化財産として大切に扱ってきた日本文化の特徴を、見事に象徴していると言える。

 日本以外では、アジア・アフリカなどの国の国歌はほとんど例外なく、西洋風の音楽だ。国のシンボルとしての価値は別にして、純粋に音楽的にみれば、西洋音楽の手法を使いこなしていない場合ある。独立や革命期など、近代国家としての黎明期の作品が多いことが原因と考えられる。

 具体的には、使用音が単調な場合がある。西洋音楽では旋律及び和音をトニック(T)、ドミナント(D)、サブドミナント(S)に分類するが、アジアなどの音楽には「S」の用法がなかったため、西洋音楽を導入した初期の作品では「S」を使いこなせていない曲がみられる。

 日本では明治初期から多くの作曲家が、日本風のメロディーに西洋風の和音のT、D、Sをバランスよく加える技法を研究した。山田耕作に至り、日本人は西洋音楽の手法を完全に自らのものにしたと言える。現在では、流行音楽である演歌、歌謡曲、さらにJ-POPSに至るまで、日本の音楽創造は明治時代からの先人の恩恵を大きく受けている。音楽文化の形成において日本人は、雅楽の導入期にも近代以降も、「外来のすばらしいものは尊敬して取り入れ、自分たちが努力して研究した成果を付けくわえていく」というパターンを実践している。(編集担当:如月隼人)