新疆ウイグル自治区アルタイ地区コクトカイ県内で11日未明、オオカミの群れが人家を次々に襲撃した。襲撃されたのは5軒で、6人が負傷した。その他、飼育していたニワトリが食い殺されるなどの被害が出た。住人はオオカミ1匹を殺したが、他のオオカミは現場を去った。中国新聞社などが報じた。

 住人の1人によると、その晩は家族3人で、母屋ではなく小屋で寝ていた。11日午前1時ごろ、小屋のドアに何かがぶつかるような音がした。ドアを少し開けて様子を見ると、犬のような動物がドアの前を行ったり来たりしていた。

 動物は再び、ドアのところに来て、中に入ろうとした。ドアは粗末なつくりで、動物はしばらくして穴を開けて侵入してきた。住人によると、その時オオカミと分かったという。

 オオカミが向かってきたので、近くにあった桶でオオカミの頭を殴った。オオカミは怒って、飛びかかってきた。そばにあった麺棒(めんぼう)をつかんでオオカミを殴りつけた。格闘になったが、オオカミは人間の意外な反撃に驚いたらしく、小屋の外に出て行った。その時になって、自分の体に何カ所もかみ傷があることが分かった。部屋の中にいた妻と子は無事だった。

 通報を受けた警察が駆けつけた時、オオカミは去った後だった。その後も午前3時40分ごろ、午前4時10分ごろ、オオカミに襲われているとの通報があった。襲われた人家は、計5軒に達した。

 警察が駆けつけた時、オオカミはいずれも引き上げた後だったが、午前4時過ぎの襲撃では、住人が刃物で反撃し、オオカミ1匹を殺した。

 最初の襲撃で目撃されたのは1匹だったが、その他の襲撃の事例で、オオカミは数匹の群れで行動していたと分かった。

 オオカミによる一連の襲撃で、住人計6人が負傷した。うち2人は重傷で、設備の整ったウルムチ市内の病院などに搬送された。

 新疆ウイグル自治区北部から内モンゴル自治区にかけての草原は、オオカミの生息地だ。1860年代ごろまでは、羊の群れが襲われるなどの被害が多発した。

 牧畜民の多くは猟銃などを所有している。自治区政府は「オオカミ1匹を殺せば、羊1匹を与える」など、オオカミ狩りを奨励した。1970年代から80年代、オオカミはほとんど姿を消したが、ネズミやウサギなどの草食・雑食の動物が激増し、草原の破壊が進行した。

 1989年には、生態環境の回復を目的に、オオカミは国家2級保護動物に指定され、狩猟はできなくなった。牧畜民からの猟銃の回収も進められた。すると2008年ごろから新疆ウイグル自治区北部では再びオオカミが増えだし、家畜への襲撃事件も増加しはじめた。

 現在は、具体的な被害が出た場合、現地政府・林業部門の許可がおりた場合には、オオカミの捕獲が認められている。捕獲数も定められるが、オオカミの数をどの程度にコントロールすればよいか、科学的な答えは出ていないという。

 オオカミの数の増加とともに、保護対象の動物を含め、草食動物が減少する問題も出ている。エサが少なくなって飢えたオオカミが、人や家畜を襲うようになったとの見方がある。

 オオカミの被害が増えたのは、牛や羊などの飼育が盛んになり、人がオオカミの生活空間を侵略していることも、根本的な原因と考えられている。

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◆解説◆
 新疆ウイグル自治区には、ウイグル族以外の少数民族も多く住んでいる。北部のアルタイ地区などでは、カザフ族、モンゴル族なども多い。

 内モンゴル出身で、1970年代にオオカミ狩りに参加した経験があるというモンゴル族男性によると、オオカミは極めて「狡猾」な動物という。

 当時は中ソが厳しく対立しており、ソ連の衛星国と中国も緊張関係にあった。そのため、内モンゴル自治区とモンゴル人民共和国(現、モンゴル国)は、国境をはさんだ一定距離の範囲内では互いに「狩猟を含め、いかなり理由があっても発砲しない」という協定を結んでいた。偶発的な戦争勃発を防ぐためで、中国側もモンゴル側も同協定を厳守していたという。

 国境といっても草原が続き、ところどころに国境線を示す標識が設けられているだけだ。内モンゴルではしばしば、住人を動員してオオカミ狩りを行ったが、国境近くの狩りでは、オオカミは決まって国境の方向に逃げた。

 発砲できない領域に近づくと、それ以上のオオカミ追跡はあきらめるしかない。全速で逃げていたオオカミは、銃弾のちょうど届かない場所まで到達すると地面に寝そべり、「人間の方を眺めてあくびなどして、くつろいでいた」という。(編集担当:如月隼人)