中国人民解放軍内の政治査察機関である同軍総政治部がこのほど、「国防と軍改革を深める教育宣伝の提要」を配布したことが分かった。同提要には、「勝手に議論をするな」、「政治上の自由主義を防げ」などという内容が盛り込まれている。中国軍内部で政治路線などについて、動揺あるいは対立が広がっている可能性がある。

 総政治部は政治委員(政治将校)制度を通じて、軍の統制を行う。軍の宣伝、思想、政治、組織、規律などを実施し、軍事法院(軍事裁判所)や軍事警察も所管している。現在のトップは2012年10月就任の第14代の張陽上将(大将)。第12代の徐才厚主任(在任:2002年11月-04年9月)は中央軍事委員会副主席を務め2012年に引退したが、2014年6月30日、収賄などの不正行為で党籍を剥奪され、検察部門に訴追されることが決まった。

 総政治部が配布した「提要」は中国語で約1700文字、日本語に翻訳すれば3000文字以上にはなる、かなり長文だ。

 「提要」は、習近平中央軍事委員会主席(国家主席、共産党総書記)が国防と軍の改革を極めて重視しており、自らが組織を配置し、自らが指導して推進しているなど、改革の推進を強く求めた。

 改革については、制度改革や現代戦に勝利するためにも、「改革を積極支持せよ。意識をもって改革に身を投じよ」などと繰り返し主張したが、改革の具体的な内容をとりわけ明示しているわけではない。

 ただし、軍人に対して「思想上、政治上、行動上において一貫して、党中央と中央軍事委員会、主席(習近平)と密接に一致させよ」、「政治上は一貫して、しっかりと覚醒し、政治規律、組織紀律、機密保持の紀律を厳守し、人々を誤らせ、改革を妨害する間違った言論を一貫して受け入れるな」、「勝手に議論をするな。噂に耳を傾けるな、信じるな、広めるな。政治上の自由主義を断固として防げ」と、上部に対する服従を求めた。

 さらに「部隊の将兵にとっては、大局に服従し、指揮に従い、自分の任務を完遂し、本来の職務をしっかりとやることが、改革を深める力強い支持なる」と、職務に専念することを求めた。

 中国軍が内部向けに配布する文書で、共産党や中央軍事委員会、同委主席への服従を求めることは通例だが、同「提要」では、「間違った言論」、「政治上の自由主義」などの用語を多用し、統制に服さない雰囲気を警戒する雰囲気が、とりわけ濃厚だ。

 習近平国家主席は、2008年に国家副主席に就任したことで、胡錦濤前主席の後継者の地位を確定した。それ以前には、胡前主席と政治的立場が近い、李克強首相を後継者とみなす声が強かっただけに「大逆転」などとも評価された。

 習国家主席は、共産党長老や軍の支持を得て、中国における最高権力者の地位を得たとされる。しかしここにきて、軍内において政治方針についての動揺や考え方の対立が拡大している可能性がある。

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◆解説◆
 習近平主席については、政権発足後1年半ばかりが経過しても「思想の本質や、何ををやりたいのかが、あまりはっきりわからない」という点がある。

 ナンバー2の李克強首相については比較的明快だ。李首相は経済分野について、規制緩和による経済体質の改革を図っている。李克強首相が政権内において目指す“演じどころ”は、かつて国有企業改革で手腕を振るった朱鎔基首相と似ているといってよい。。

 李首相にとって最大の障害は「既得権益層」ということになる。一方で、習近平政権が実施している「腐敗撲滅」の対象は、「既得権益層の中でも特に極端な人物」となるので、両首脳の「利害関係」は合致する。

 李首相とは違って「やりたいこと」がなかなか見えない習近平主席だが、就任以来、「人事の問題」を通じての政権掌握を重視しているように見える。就任の経緯からは、長老や軍から「コントロール」されやすい政権になりかねないが、腐敗撲滅運動で、長老らの過度の干渉に対する「報復手段」を確立しつつある格好だ。

 習政権はこれまでに、共産党中央政治局の周永康前常務委員や、徐才厚中央軍事委員会前副主席を、腐敗問題で断罪した。両氏ともすでに引退しており、中国のこれまでの慣例を打破し「引退した最高指導層経験者の責任を問う場合もある」ことを示したことになる。言い方を変えれば、「長老でも容赦しない」という意志表明でもある。

 腐敗撲滅運動は、国民の支持を強めることにもつながるという点でも、権力基盤の確立には有効だ。

 習主席は、内政において重要な経済については、李首相に「ほぼ丸投げ」状態とみてよいだろう。気になるのは今後、どのような方針で外交に臨むかということだ。

 これまでのところ習主席は「中国の夢」などという用語を使い、自国民の優越感を“くすぐる”手法を採用している。同手法は一般大衆からの支持獲得という点では有効だが、自国の優越性を印象づけた場合、国外との協調路線を取りにくくなるという“副作用”が生じやすい。

 中国の場合にはこの“副作用”がとりわけ強く出現することが多く、「自国の正しさ」、「自国の強さ」に言及すると、個別の案件について「外交にはつきものの譲歩による“落としどころ”」を模索した場合、共産党や政府は「軟弱外交」と大きな非難を浴びることになる。

 さらに、協調路線に対する国内批判が高まったことが「政敵に利用」されることもある。

 中国ではこれまでも、内部の権力争いが国としての外交方針を左右する傾向が強かった。習近平主席も外交について「思想上の本音」にはあまり関係なく、強硬姿勢またはポーズをとり続ける可能性がある。

 その場合、外交問題で中国と対立した諸問題について、「筋道論を貫いて中国と対決を続ける」のか、「形式的には中国側に“面子(メンツ)”を持たせ、実質的にはこちらが多くを得る」のか、いずれの“作戦”を採用するかの判断が必要となる。(編集担当:如月隼人)